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会社定年を数年後に控え、両親の住む故郷にUターンを決意。 しかし、田舎の求職状況は惨憺たる状況。さて、そこで考えたのが資格取得。 さて、スムーズに資格は取れるか。またUターン後の開業はどうなるか? 現在進行中のため、作者もその答えは知りません。

清田(きよた)日記 ~ 男50歳からの資格取得第3回 どんな資格を選ぶ?~

資格選びの最大のポイントは、「成功した暁には、田舎生活を維持できる資格取得を目指す。」
ということにした。
もっと分かりやすく言うと、単に業務遂行の為に必要な資格で、その資格だけで生計を立てる事務所を設立するのが難しい資格は排除することにした。


余談だが、こうした検討をしていた当時、日頃は気にもとめていなかった資格系の個人事務所を熱心に探してみたところ、結構な数の事務所があることに驚いた。
これは、その資格で生活できているということでもあるし、取得資格毎(ごと)に、多くの競合が存在するということである。
どんな業界であっても生存競争は、常に激しく厳しい。


資格選びの話に戻ろう。
これも私にとっては大切なポイントなのだが、文系の私でも努力すれば何とか取得できる資格であること。要は、超難関、理系型資格は避けるということだ。
自慢じゃないが、化学式に基づくモル計算と聞いただけで、今でも固まってしまう。


そうした基準で候補に選んだ資格は、
・司法書士 ・行政書士 ・社会保険労務士 ・中小企業診断士 となった。


ここからは更なる絞込みとなるが、最初に候補から外れたのは司法書士であった。
これには理由があって、私は法学部出身者でもなく、行政書士でも私にとっては資格取得が難しいだろうに、更に資格難易度が高い司法書士は、何をかいわんやである。


残った3つの資格のどれにするかについては、結構迷った。


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ただ中小企業診断士の事務所看板を私は見たことがなかったので、実際の資格保有者に実体を聞いてみた。
やはり中小企業診断士の成功者は、企業コンサルタントの方が多いようであった。
また、行政書士か社会保険労務士のどちらかを取得した後で、ダブル資格を狙うのであれば、中小企業診断士がお勧めとの話があった。
これは、行政書士にしても社会保険労務士にしても業務を進める中で、関係する法律が改定されることも多いらしく、そうした法律をしっかりと追っかけていかないと顧客に信頼を得られない。法律系資格を2つ取得して、常に関係する法律知識を最新の状態に保つことは結構大変なことであり、それよりも中小企業診断士を取得した方が顧客企業の事業相談にものってあげることが出来て、ダブル資格の相性(あいしょう)が良いとの話だった。
信頼できる方の話でもあり、私はこの話を信じた。


ということで、まずは法律系資格を取得しようと決めて、残った資格は行政書士か社会保険労務士となった。
顧客特性を調べてみると、行政書士の業務は、継続顧客が全く無いということではないが、都度顧客が変わることが多いようで、許認可申請の業務だけをとらえても申請種類が多い。
また成功している行政書士は、幅広く業務を行うというよりも自分なりの得意業務を会得(えとく)して、その業務の顧客を獲得するように仕事を進めているようだ。
顧客が都度変わることが多く、業務の種類が多いというのが、行政書士の特徴だった。


対して社会保険労務士は、顧客を階段状に増やしていけるようで、継続顧客業務のようである。上手く顧客が獲得できると業務も特化されているので、安定収入につながる。


顧客獲得が上手く運べば、圧倒的に社会保険労務士が魅力的に思えた。
何より「継続顧客と安定収入」とのフレーズが心地(ここち)よい。


ここで私は田舎をイメージしてみた。
「本当に顧客開拓できるだろうか?」
気になるのは、社会保険労務士の特化した業務で顧客開拓できるのかといった部分であった。
新規参入の社会保険労務士事務所に、数多くの顧客企業が重要な業務を任せてくれるのだろうかといった心配である。
当然、既存の社会保険労務士事務所が存在しており、市場が出来上がっている状況で、切り替えも含めて顧客を開拓していかなければならない。


地方都市企業は、既存業者に良い意味で義理堅く、新規参入業者には排他的。
まさに市場のオモテとウラ。参入障壁は高い。
そして、新規創業する企業数も大都市と比較すると極端に少ない。


そうしたことをいろいろ考えて、行政書士資格取得を目指すことにした。


業務の幅が広いことが、最悪の時のリスクヘッジになると考えた。
とはいえ、今でも都会で業務をするのなら社会保険労務士を目指したと思うし、田舎に帰って、予測と大きく現実が乖離していれば、先々社労士にチャレンジしているかも知れない。


いかにも優柔不断。そして臨機応変である。


この時、55歳の2013年2月。


ここからが長い道のりになることを、わたくし清田は、まだ知らない。
(つづく)


清田 一人(きよた かずと)
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清田(きよた)日記 ~ 男50歳からの資格取得<第2回>どうしよう~

田舎の求職事情は、地元の友人から聞いたものの、定年後Uターンするにしても

「どうやって暮らしていけばいいのだろう???」

当時55歳であった私は、まだすぐにUターンするわけではないものの、初めて自分の将来に漠然とした不安を抱いた。

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『世界の中心で愛を叫ぶ!』のロケ地であった、我が故郷。しかし、仕事は無い。

地方都市の性(さが)なのか、安定しているところといえば行政機関ぐらいで、それとて働く場合は年齢制限がある。民間企業も求人に余裕のある話は無い。
「大企業に勤めてました。」と言っても、60歳を超えた人間を、喜んで雇ってくれるところなどないだろう。
60歳で田舎にUターンするとしても、65歳までは厚生年金も満足した状態にはならない。
「いっそ、65歳までは都会で暮らそうか。」とも考えたが、田んぼが気になった。
少なくとも親父が元気なうちに帰らないと、分からないことを聞くことも出来ない。


ある意味初めて自分の市場価値を考えた。
その結果、都会では少しは評価されるキャリアかも知れないが、田舎では殆ど(ほとんど)価値が無いことに気付かされた。
そして、自分のことを完全に棚にあげて、地方都市の持つ構造的な問題が、ここにあるようにまでに思った。

私が大学を目指していた高校時代。
香川県に四年制の大学は、国立大学が一校と、私立校が一校しかなかった。
全員が地元の大学に入れるわけもなく、多くの学生が、関東、関西の大学に進学するのが一般的で、大学を卒業した全ての学生が、地元香川県で就職することなどありえなかった。
肌感覚ではあるが、県外に出た学生の地元就職は、よくて半数程度ではなかろうか。
ちなみにこの傾向は、今も続いている。
多くの地元学生が魅力的な都会の会社に就職する状態が毎年続くことによって、活力ある地元民間企業が少ないことにつながっているような気がした。
地方における「少ない教育機関と元気な企業が少ないこと」は、相関関係有りとの理論である。

完全に話がそれてしまった。失礼しました。
私にそうした状況を改善する力は、全く無い。まさに非力である。

いま考えないといけないのは、「田舎において私の市場価値が無い。」ということだ。
結構長い間、自分に問いかける日々が続いた。
田んぼしながら貯蓄を切り崩して65歳までしのぐことも頭に浮かんだが、苦手な農作業だけでは自分がもたないと思って、専業農家は却下した。
商売を始めるにしても、心から燃える動機が無いと結果は火を見るよりも明らかと、
これまた却下。

本当に困った。自分の市場価値を証明するものが、全く無い。

「みんなが納得して評価できる価値。価値。」と考え続けている時にひらめいた発想は、「普通自動車の運転免許証」だった。
運転免許があれば、田舎でも運転は出来る。まさに客観評価の極み(きわみ)である。
そうした誰でも納得できる資格があれば、田舎でも活用できると思った。
私は、資格ビジネスを真剣に考えてみることにした。
ある意味、もうそれしか残っていないような気がしたし、とても短絡的な動機だが、直感的に「いける」と思った。

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とは言え、
「どんな資格であれば食べていけるのだろう?」
「本当に資格で食べていけるのだろうか?」
まずは多くの情報を入手することから検討を始めた。

こうしておぼろげながら、自分の方向性が見えてきた。
次回は、「どんな資格を選ぶか?」を振り返ってみたい。


清田 一人(きよた かずと)
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清田(きよた)日記 ~ 男50歳からの資格取得<第1回>プロフィール~

皆様はじめまして、清田 一人(きよた かずと)です。

それなりの上場会社に働きはじめて37年。今年、めでたく(?)定年をむかえます。

私は四国香川県の出身で、高校までは地元で過ごしたのですが、関西の大学を卒業した際、田舎には帰らず、そのまま大阪の企業に就職しました。その後転勤もあり、今は東京で働いています。

私が生まれた場所は、かなりの田舎で、父・母は兼業農家として頑張って私を関西の大学に行かせてくれました。
私を生んだ後、母が身体をこわしたこともあり、私には兄弟がおりません。
当然、両親は私が大学を卒業したら、田舎に帰って就職してくれるものと思っておりましたが、いろいろございまして、私としては無事(?)都会の会社に就職することが出来たのです。とはいえ、「定年したら田舎に帰るから。」と両親と約束していたのも事実ですが、就職してから30年以上、約束の存在さえ忘れきっていたというのが実情です。

会社人生を振り返っても、人並みに苦しいこともありましたが、職場の環境や
まわりの上司・同僚・部下にも恵まれ、楽しかったことの方が多かったと思います。
また、お盆や正月には田舎に帰省するのですが、やはり都会での生活の方が自分にはしっくりくるものでした。

そうした私ですが、正月に帰省していた時の元日の夜、お袋が脳梗塞で倒れ、救急車で病院に担ぎ込まれました。元日ということもあり、幸いまわりに家族がいたことで、早い処置ができたこともあって大事にはいたりませんでした。
しかしながら、お袋は入院。
父は、全ての家事をお袋まかせで、米を炊くことも出来ません。

この状況が長引くことは、父の日常生活の破綻を意味します。
そうしたこともあり、父の家事特訓を私の妻と一緒に行いましたが、なかなか上手くいきませんでした。
お袋が入院して、なれない家事を特訓する、不機嫌なような、気持ちが萎えているような親父の姿。

この時の私の年齢は、55歳。
情けない話ですが、はじめて田舎にUターンする必要性を感じました。
とはいえ定年まで相当の期間が残っているわけで、まだまだ切実なものではありませんでした。

その正月3日。

地元の友人に、60歳以降の地元の求職事情を聞いてみたところ、都会との違いに驚いてしまいました。
都会は正直なところ、職種や賃金、勤務形態さえ高望みしなければ、60歳を超えても健康であれば何らかの仕事があります。
がしかし、四国の田舎は、そうした状況にないことがはっきりと理解できました。
はじめて60歳以降の生活に漠然と不安を感じました。
まして、我が家には田んぼがあり、米を作っています。
中学生くらいまでは手伝っていましたが、その後親父にまかせっきりで、
米作りは恐怖以外の何物でもありません。


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「どうしよう...。」


この、『清田(きよた)日記 ~ 男50歳からの資格取得』が、田舎にUターンされる方や第2の人生を考える方に少しでも役立てば幸いと勝手に思い込んで書き記していきたいと思います。

でも、私は現在まだ59歳。
この先成功するか大変なことになっているか、まだ分からないのです。

とはいえ、第2の人生の準備をして、少しだけ気持ちが落ち着きました。
そうした選択肢の一つとして、気軽にお読みいただけば幸いです。


清田 一人(きよた かずと)
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