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文教大学「江戸の町人社会 -持続可能な社会の実践者たち-」

 通勤バスの車内広告を見て驚いた。それは生涯学習講座の案内だった。江戸文化を教える講師の欄に、地理の研究者の名前を記していた。
 私は学生時代、地理学を専攻していた。だから、歴史学に対しては、親近感とともに近親憎悪のような感情も抱いている。今まで聞いた江戸時代の話はどれも、興味は湧くものの、どことなくリアリティーを感じられずにいた。文献をもとに時間軸に沿って研究する歴史学に対して、地理学は現場に赴いて現在の空間を研究する。地図と野帳を手に、野山や街中を歩きまわっていた学生時代、古文書を読み解く史学科の連中の論文は、時代小説と紙一重とも思っていた。
 地理の目で見ると、江戸時代という歴史上のスポットはどう映るのだろう。そんな興味がわき、受講することに決めた。


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Figure 1 教室の入り口。これから講義が始まる。


 講師となって教えてくれたのは、ダンディーな印象の先生だった。
「僕は地理が専門でして」
と前置きして、江戸時代の神田の地図を配った。
「パソコンを準備している間に、この地図のなかから、職人に由来する町名を丸で囲ってください」
と話した。地図を使っての作業から始まるところが、さすが地理の先生だ。
 江戸時代の神田の街には、「瀬戸物町」「蝋燭町」など、職人に由来する地名がたくさんあった。それは、江戸の町に、いかに細かく分業化された職人が暮らしていたかを示していた。
 その頃の職業がどれだけ細かく区分されていたかというと、例えば、扇子の紙を折るだけの職人がいたということでもわかる。紙を折ったら、ついでに骨に貼ればいいのに、と思うところだが、江戸っ子はそんな野暮なことはしないらしい。紙を骨に貼るのは、別の職人がいたのだ。


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Figure 2 江戸時代の神田の地図


 これらの職人と職人を結ぶ製造ラインが、問屋の手によって江戸の町に縦横に張り巡らされていた。それが、神田の地図で職人の町名として現れていたのだった。
 こういう分析の方法は、地理学ならではだ。東北の自動車部品が愛知県の組み立て工場に集められて、自動車が出来上がっていく。地理学ではそんなふうに調査する。それを、江戸の町で展開してくれた。
 そして、この分業化された職人の技が、文明開化を経て、現代の日本の製造業へとつながる、と講義では教えてくれた。
 工業だけではなく、江戸の農業も形を変えて、いまの都市農業として受け継がれているという。
 講義によれば、江戸の農業には、肥料にする糞尿という「商品」があったという。江戸の町の糞尿を集め、農村部に還元するシステムができていた。都市と農村で、農作物と肥料とが循環していた。現代では化学肥料が導入されたため、有機的な循環がなくなってしまった。その話を聞いたとき、「都市農業」という言葉が急に薄っぺらいものに感じてしまった。
 こんなふうにして、講義では現代と江戸時代とのつながりを意識させてくれた。江戸時代から形を変えて21世紀の今につながっているものがたくさんあること、そして、惜しくも受け継がれてこなかったものもまた山のようにあることを、教わった。
 もう一つ、この講義の面白かったところは、ビジュアル面である。講師の先生は、文献から探してきた江戸時代の本の挿絵を、スライドで次々に投影した。自ら着彩したものも少なくない。時代劇とはちがうリアリティーで、江戸の町が教室によみがえった。
 ほかにも、落語や判じ絵(絵ヒントクイズのようなもの)なども紹介してくれた。江戸の暮らしが、楽しみながら理解を深められた。


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Figure 3 江戸判じ絵の資料 イラストはすべて江戸の地名を示している。


 地理の目で江戸時代を見てみたら、150年の時間が実はつながっていることが分かった。アメリカや中国が、交通や通信、物流で海や空を超えて我が家の茶の間とつながっているように、江戸時代の工業も農業も町人文化も、今の世の中とつながっていた。
 3週間にわたった講義を終えたあと、江戸がぐんと身近に感じられるようになった。江戸時代が150年前の世界ではなくて、電車に乗って1時間ぐらいで着けそうな世界に感じられてきた。歴史を地理の目で見られたおかげだろう。


(文責:オフネスキーまるいち 50代・男性)


※今回受講の講座の紹介
http://www.second-academy.com/lecture/BUN11082.html

※文教大学生涯学習センター(湘南キャンパス)で現在開講されている講座一覧
http://www.second-academy.com/lecture/cmpList/BUN_B.html

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