2017年04月 アーカイブ


男50歳からの古代史構想学(2) 邪馬台国の研究は推理小説から

こんにちは、古代史構想学の第二回目、古代史を勉強中の大和健です。


前回の記事では私が古代史や考古学の道に進むことを諦めた経緯を書いたのですが、実は大学を経て社会人になってからもその方面への興味が失せることはなく、関連する本を読み続けてきました。
謎解きが好きな私が若い頃によく読んだのが邪馬台国や卑弥呼を題材にした推理小説です。
先日、大阪の実家に帰った時に本棚を探してみるとこんなにありました。


 「邪馬台国殺人考」 長尾誠夫
 「『邪馬台国の謎』殺人事件」 木谷恭介
 「『邪馬台国の謎』殺人事件」 深谷忠記
 「邪馬台国の殺人」 中津文彦
 「『マ』の邪馬台国殺紀行」 荒巻義雄
 「卑弥呼殺人事件」 阿井渉介
 「卑弥呼塚殺人事件」 島田一男
 「邪馬台国はどこですか?」 鯨統一郎
 「卑弥呼伝説地に降りた神々」 井沢元彦
 「邪馬台国殺人旅情」 斎藤栄
 「卑弥呼の殺人」 篠田秀幸
 「『古代四国王朝の謎』殺人事件」 吉岡道夫
 「幻の騎馬王朝」 邦光史郎
 「箸墓幻想」 内田康夫
 「陸行水行」 松本清張
 「邪馬台」 北森鴻・浅野里沙子


邪馬台国や卑弥呼は作家にとっても謎解きの興味をそそられるネタなのでしょう。
井沢元彦氏、松本清張氏は専門家顔負けの古代史研究家と言って間違いないと思います。
読者の皆さん、もしも今から邪馬台国や卑弥呼を勉強してみようという方がおられたら、専門的なことはさておき、こういうところから入るのもアリではないでしょうか。


実家にはこれらの他にもたくさん(数十冊くらい?)の本がありました。
ただ、これだけの数を読んだにもかかわらず、当時はまだ自分の仮説もなくただただ興味にまかせて読んでいただけなので、内容については一片の記憶も残っていません。
だから時間がある時にもう一度読み直してみようと思っています。


私は2013年の年明け頃から少し真面目に古代史への取り組みを始めました。
その年の夏、とあるコミュニティで旅行に行くことになり、その企画を二人の仲間と一緒に考え始めたのがきっかけです。二人とはいわゆる飲み仲間で、古代史を話題に飲むこともよくあって、そんなことから旅行の企画が始まりました。


旅の行き先は宮崎、コンセプトは神話の里を訪ねる旅。企画を練り上げる中で、旅行までに魏志倭人伝を暗記しておくこと、邪馬台国について自分の考えをまとめておくこと、という課題が決まったのです。
これが1月頃のことで、少なくとも二人よりも詳しいと自負する私は旅行までのおよそ半年、かなりの時間を魏志倭人伝や邪馬台国に費やすことになりました。
このとき、30年以上に渡って封印してきた古代史への想いが心の底から溢れ出てくるのを感じました。


実はこれとほぼ同じタイミングで異動の内示を受けていたのですが、これが会社にとって最も重要と言っても過言でない組織への異動内示でした。
本来であればその方面の勉強を始めるべきところでしたが、一度騒ぎ出した血は収まるはずもなく、仕事の勉強はついつい後回しに。


そしてこのときに自分の考えを「邪馬台国畿内説を論証する」と題するレポート(A4で11枚)にまとめました。
そうです、私は邪馬台国畿内説を採っております(が、その邪馬台国が大和政権になったとは考えておりません)。
今回の機会にあらためて読んでみたのですが、このときに書いたことが今でも自分の仮説の骨子になっていることが再確認できました。そのときに参考にした主な書籍を以下に紹介しておきます。


 「天皇家のふるさと日向をゆく」 梅原猛
 「出雲神話の誕生」 鳥越憲三郎
 「古代史9つの謎を掘り起こす」 関裕二
 「『日本神話』の謎と真実」 三浦竜
 「日本古代史を科学する」 中田力
 「『出雲』からたどる古代日本の謎」 瀧音能之
 「古事記と日本の神々」 吉田敦彦
 「出雲と大和 古代国家の原像をたずねて」 村井康彦
 「蘇我氏の正体」 関裕二
 「邪馬台国は甦る!」 木谷恭介
 「吉備の古代史」 門脇禎二
 「古代天皇はなぜ殺されたのか」 八木荘司
 「『古代日本』誕生の謎」 武光誠
 「王権誕生」 寺澤薫
 「邪馬台国をとらえなおす」 大塚初重
 「邪馬台国の候補地 纏向遺跡」 石野博信
 「歴史群像 特別編集『最新 邪馬台国論』」 学研社
 「歴史法廷 特集『邪馬台国はここにある』」 世界文化社

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※(割り込みですみません)実は、古代史も好きな編集長佐々木のオススメ3冊
『古代史を科学する』 有名な脳科学者である、中田力氏が、魏志倭人伝の記述から邪馬台国の場所を解き明かす。キラリと光る古代史構想学。邪馬台国日向説。これを読んで、古代史実地踏査、高千穂ツアーが始まりました。
『古代史 9つの謎を掘り起こす』 東の井沢元彦、西の関裕ニ。関裕ニの大回転的な邪馬台国論の入門編としては、最適。邪馬台国北九州説だが、高千穂への天孫降臨、神武東征と続き、大回転します。
『出雲と大和』 なんと言っても、魏志倭人伝に書かれる、邪馬台国の「四官」の解釈は、超オリジナル。また、出雲から大和につづく、磐座信仰。これを読むと、三輪山に登らずにはいられない。
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難しい専門書の類はひとつとしてなく、どれも文庫、新書、雑誌です。素人は素人らしく背伸びをしないこと


今回は本の紹介のようになってしまいましたが、次回は宮崎旅行を紹介したいと思います。

大和 健(やまとたける)
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ブログ:古代日本国成立の物語
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清田(きよた)日記 ~ 男50歳からの資格取得第3回 どんな資格を選ぶ?~

資格選びの最大のポイントは、「成功した暁には、田舎生活を維持できる資格取得を目指す。」
ということにした。
もっと分かりやすく言うと、単に業務遂行の為に必要な資格で、その資格だけで生計を立てる事務所を設立するのが難しい資格は排除することにした。


余談だが、こうした検討をしていた当時、日頃は気にもとめていなかった資格系の個人事務所を熱心に探してみたところ、結構な数の事務所があることに驚いた。
これは、その資格で生活できているということでもあるし、取得資格毎(ごと)に、多くの競合が存在するということである。
どんな業界であっても生存競争は、常に激しく厳しい。


資格選びの話に戻ろう。
これも私にとっては大切なポイントなのだが、文系の私でも努力すれば何とか取得できる資格であること。要は、超難関、理系型資格は避けるということだ。
自慢じゃないが、化学式に基づくモル計算と聞いただけで、今でも固まってしまう。


そうした基準で候補に選んだ資格は、
・司法書士 ・行政書士 ・社会保険労務士 ・中小企業診断士 となった。


ここからは更なる絞込みとなるが、最初に候補から外れたのは司法書士であった。
これには理由があって、私は法学部出身者でもなく、行政書士でも私にとっては資格取得が難しいだろうに、更に資格難易度が高い司法書士は、何をかいわんやである。


残った3つの資格のどれにするかについては、結構迷った。


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ただ中小企業診断士の事務所看板を私は見たことがなかったので、実際の資格保有者に実体を聞いてみた。
やはり中小企業診断士の成功者は、企業コンサルタントの方が多いようであった。
また、行政書士か社会保険労務士のどちらかを取得した後で、ダブル資格を狙うのであれば、中小企業診断士がお勧めとの話があった。
これは、行政書士にしても社会保険労務士にしても業務を進める中で、関係する法律が改定されることも多いらしく、そうした法律をしっかりと追っかけていかないと顧客に信頼を得られない。法律系資格を2つ取得して、常に関係する法律知識を最新の状態に保つことは結構大変なことであり、それよりも中小企業診断士を取得した方が顧客企業の事業相談にものってあげることが出来て、ダブル資格の相性(あいしょう)が良いとの話だった。
信頼できる方の話でもあり、私はこの話を信じた。


ということで、まずは法律系資格を取得しようと決めて、残った資格は行政書士か社会保険労務士となった。
顧客特性を調べてみると、行政書士の業務は、継続顧客が全く無いということではないが、都度顧客が変わることが多いようで、許認可申請の業務だけをとらえても申請種類が多い。
また成功している行政書士は、幅広く業務を行うというよりも自分なりの得意業務を会得(えとく)して、その業務の顧客を獲得するように仕事を進めているようだ。
顧客が都度変わることが多く、業務の種類が多いというのが、行政書士の特徴だった。


対して社会保険労務士は、顧客を階段状に増やしていけるようで、継続顧客業務のようである。上手く顧客が獲得できると業務も特化されているので、安定収入につながる。


顧客獲得が上手く運べば、圧倒的に社会保険労務士が魅力的に思えた。
何より「継続顧客と安定収入」とのフレーズが心地(ここち)よい。


ここで私は田舎をイメージしてみた。
「本当に顧客開拓できるだろうか?」
気になるのは、社会保険労務士の特化した業務で顧客開拓できるのかといった部分であった。
新規参入の社会保険労務士事務所に、数多くの顧客企業が重要な業務を任せてくれるのだろうかといった心配である。
当然、既存の社会保険労務士事務所が存在しており、市場が出来上がっている状況で、切り替えも含めて顧客を開拓していかなければならない。


地方都市企業は、既存業者に良い意味で義理堅く、新規参入業者には排他的。
まさに市場のオモテとウラ。参入障壁は高い。
そして、新規創業する企業数も大都市と比較すると極端に少ない。


そうしたことをいろいろ考えて、行政書士資格取得を目指すことにした。


業務の幅が広いことが、最悪の時のリスクヘッジになると考えた。
とはいえ、今でも都会で業務をするのなら社会保険労務士を目指したと思うし、田舎に帰って、予測と大きく現実が乖離していれば、先々社労士にチャレンジしているかも知れない。


いかにも優柔不断。そして臨機応変である。


この時、55歳の2013年2月。


ここからが長い道のりになることを、わたくし清田は、まだ知らない。
(つづく)


清田 一人(きよた かずと)
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男50歳からの古代史構想学(1)おやじバンド、諦め、古代史に夢を

皆さん、初めまして。わたくし、大和健(やまとたける)と申します。


これから「男50歳からの古代史構想学」と題して、50代も半ばを過ぎてから古代史の研究にのめり込むことになった背景やその実態を綴って参ります。
サラリーマン人生の終末期を前にして未だ第2の人生の過ごし方を決め切れずに右往左往する姿を、古代史謎解きとともに楽しんでいただければ幸いです。


さて、世の中では数年前から「おやじバンド」が流行っています。会社の先輩にもはまっている人がいて羨ましいと思ってみています。


中学2年になった頃にいとこからクラシックギターを譲ってもらい、フォークソング、ビートルズ、ベンチャーズなんかを我流で弾いていました。
文化祭では上級生が体育館でコンサートをやっていて、来年は自分もやりたいと思って仲間とバンドを組みました。
翌年、体育館が建て替えのために使用できなくなるというアクシデントにもめげず、先生に相談して校庭での開催にこぎつけ、本番では友達から借りたエレキギターでベンチャーズとビートルズを何曲か演奏し、締めはチューリップの「心の旅」だったと記憶してます。
文化祭が終わると3年生は受験にまっしぐら。バンドは解散し、ギターを手にする機会は激減しました。
そして高校入学後はもう一度ギターをやりたいという気持ちを押し殺して勉学に励み、結局そのままやめてしまいました。だからおやじバンドが羨ましいのです。
だったらやればいいじゃないか、という声が聞こえてきそうだけど、自分の腕前ではムリなのはよくわかっているのです。

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最後の曲が「心の旅」だった。青春の1ページ


おっと、古代史の話を書くつもりがいきなり違う話を長々と書いてしまいました。
そんなことでギターをあきらめた私ですが、実はもう一つあきらめたことがあるのです。
それが古代史への想いです。小学校6年生のときの作文に「考古学者になりたい」と書いたくらいなので、こっちのほうが本気度が高かったかもしれません。
小学6年の社会の勉強で邪馬台国や卑弥呼を習ったときに、なんともいえない興味を覚えたのです。子供の頃から謎解きが好きだったので同じような感覚になったのでしょうか。それ以来、歴史の勉強が大好きになりました。


高校でギターをあきらめてまで勉強に精を出した私ですが、考古学者や歴史学者になりたいという気持ちは細々ながら持ち続けていました。当時のいわゆる共通一次試験(今でいうセンター試験)の社会の科目選択では最も点数が取りにくい組み合わせと言われていた「日本史」と「世界史」で受験することを早々に決めて受験勉強に励みました。そして、いよいよ受験する学部を決めるときになって少し考えました。古代史や考古学をやるなら文学部。
しかし、ここで子供の頃から親に刷り込まれてきた「いい大学に入って、いい会社に就職する」という価値観に負けてしまったのです。受験した学部は経済学部や法学部。結局、ここでも自分の夢をあきらめてしまったのです。


いい大学に入って、そこそこいい会社に入った私のサラリーマン人生は概ね満足のいくものでした。だから、あのときの選択が間違っていたとは全く思わないのですが、そのサラリーマン人生もいよいよゴールが見えてきました。おやじバンドは無理だけど、古代史なら今からでも楽しめる。自分の考えを本にして世の中に送り出すこともできる。それって凄くない?

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ディテールの研究は専門家に任せる。古代史の骨格を構想するのは私たち素人。



そんなことで4年ほど前から取組みを始め、一昨年の秋頃からいよいよ本格的になってきた古代史研究。仕事そっちのけで没頭することもしばしば。昨年の夏から自分のブログでの発信も始めました。第2の人生の入り口に立って、少しばかりワクワクしながら好きなことに取り組む様子をお伝えできればと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

大和 健(やまとたける)
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ブログ:古代日本国成立の物語
http://blog.goo.ne.jp/himiko239ru

清田(きよた)日記 ~ 男50歳からの資格取得<第2回>どうしよう~

田舎の求職事情は、地元の友人から聞いたものの、定年後Uターンするにしても

「どうやって暮らしていけばいいのだろう???」

当時55歳であった私は、まだすぐにUターンするわけではないものの、初めて自分の将来に漠然とした不安を抱いた。

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『世界の中心で愛を叫ぶ!』のロケ地であった、我が故郷。しかし、仕事は無い。

地方都市の性(さが)なのか、安定しているところといえば行政機関ぐらいで、それとて働く場合は年齢制限がある。民間企業も求人に余裕のある話は無い。
「大企業に勤めてました。」と言っても、60歳を超えた人間を、喜んで雇ってくれるところなどないだろう。
60歳で田舎にUターンするとしても、65歳までは厚生年金も満足した状態にはならない。
「いっそ、65歳までは都会で暮らそうか。」とも考えたが、田んぼが気になった。
少なくとも親父が元気なうちに帰らないと、分からないことを聞くことも出来ない。


ある意味初めて自分の市場価値を考えた。
その結果、都会では少しは評価されるキャリアかも知れないが、田舎では殆ど(ほとんど)価値が無いことに気付かされた。
そして、自分のことを完全に棚にあげて、地方都市の持つ構造的な問題が、ここにあるようにまでに思った。

私が大学を目指していた高校時代。
香川県に四年制の大学は、国立大学が一校と、私立校が一校しかなかった。
全員が地元の大学に入れるわけもなく、多くの学生が、関東、関西の大学に進学するのが一般的で、大学を卒業した全ての学生が、地元香川県で就職することなどありえなかった。
肌感覚ではあるが、県外に出た学生の地元就職は、よくて半数程度ではなかろうか。
ちなみにこの傾向は、今も続いている。
多くの地元学生が魅力的な都会の会社に就職する状態が毎年続くことによって、活力ある地元民間企業が少ないことにつながっているような気がした。
地方における「少ない教育機関と元気な企業が少ないこと」は、相関関係有りとの理論である。

完全に話がそれてしまった。失礼しました。
私にそうした状況を改善する力は、全く無い。まさに非力である。

いま考えないといけないのは、「田舎において私の市場価値が無い。」ということだ。
結構長い間、自分に問いかける日々が続いた。
田んぼしながら貯蓄を切り崩して65歳までしのぐことも頭に浮かんだが、苦手な農作業だけでは自分がもたないと思って、専業農家は却下した。
商売を始めるにしても、心から燃える動機が無いと結果は火を見るよりも明らかと、
これまた却下。

本当に困った。自分の市場価値を証明するものが、全く無い。

「みんなが納得して評価できる価値。価値。」と考え続けている時にひらめいた発想は、「普通自動車の運転免許証」だった。
運転免許があれば、田舎でも運転は出来る。まさに客観評価の極み(きわみ)である。
そうした誰でも納得できる資格があれば、田舎でも活用できると思った。
私は、資格ビジネスを真剣に考えてみることにした。
ある意味、もうそれしか残っていないような気がしたし、とても短絡的な動機だが、直感的に「いける」と思った。

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とは言え、
「どんな資格であれば食べていけるのだろう?」
「本当に資格で食べていけるのだろうか?」
まずは多くの情報を入手することから検討を始めた。

こうしておぼろげながら、自分の方向性が見えてきた。
次回は、「どんな資格を選ぶか?」を振り返ってみたい。


清田 一人(きよた かずと)
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清田(きよた)日記 ~ 男50歳からの資格取得<第1回>プロフィール~

皆様はじめまして、清田 一人(きよた かずと)です。

それなりの上場会社に働きはじめて37年。今年、めでたく(?)定年をむかえます。

私は四国香川県の出身で、高校までは地元で過ごしたのですが、関西の大学を卒業した際、田舎には帰らず、そのまま大阪の企業に就職しました。その後転勤もあり、今は東京で働いています。

私が生まれた場所は、かなりの田舎で、父・母は兼業農家として頑張って私を関西の大学に行かせてくれました。
私を生んだ後、母が身体をこわしたこともあり、私には兄弟がおりません。
当然、両親は私が大学を卒業したら、田舎に帰って就職してくれるものと思っておりましたが、いろいろございまして、私としては無事(?)都会の会社に就職することが出来たのです。とはいえ、「定年したら田舎に帰るから。」と両親と約束していたのも事実ですが、就職してから30年以上、約束の存在さえ忘れきっていたというのが実情です。

会社人生を振り返っても、人並みに苦しいこともありましたが、職場の環境や
まわりの上司・同僚・部下にも恵まれ、楽しかったことの方が多かったと思います。
また、お盆や正月には田舎に帰省するのですが、やはり都会での生活の方が自分にはしっくりくるものでした。

そうした私ですが、正月に帰省していた時の元日の夜、お袋が脳梗塞で倒れ、救急車で病院に担ぎ込まれました。元日ということもあり、幸いまわりに家族がいたことで、早い処置ができたこともあって大事にはいたりませんでした。
しかしながら、お袋は入院。
父は、全ての家事をお袋まかせで、米を炊くことも出来ません。

この状況が長引くことは、父の日常生活の破綻を意味します。
そうしたこともあり、父の家事特訓を私の妻と一緒に行いましたが、なかなか上手くいきませんでした。
お袋が入院して、なれない家事を特訓する、不機嫌なような、気持ちが萎えているような親父の姿。

この時の私の年齢は、55歳。
情けない話ですが、はじめて田舎にUターンする必要性を感じました。
とはいえ定年まで相当の期間が残っているわけで、まだまだ切実なものではありませんでした。

その正月3日。

地元の友人に、60歳以降の地元の求職事情を聞いてみたところ、都会との違いに驚いてしまいました。
都会は正直なところ、職種や賃金、勤務形態さえ高望みしなければ、60歳を超えても健康であれば何らかの仕事があります。
がしかし、四国の田舎は、そうした状況にないことがはっきりと理解できました。
はじめて60歳以降の生活に漠然と不安を感じました。
まして、我が家には田んぼがあり、米を作っています。
中学生くらいまでは手伝っていましたが、その後親父にまかせっきりで、
米作りは恐怖以外の何物でもありません。


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「どうしよう...。」


この、『清田(きよた)日記 ~ 男50歳からの資格取得』が、田舎にUターンされる方や第2の人生を考える方に少しでも役立てば幸いと勝手に思い込んで書き記していきたいと思います。

でも、私は現在まだ59歳。
この先成功するか大変なことになっているか、まだ分からないのです。

とはいえ、第2の人生の準備をして、少しだけ気持ちが落ち着きました。
そうした選択肢の一つとして、気軽にお読みいただけば幸いです。


清田 一人(きよた かずと)
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男50代からの生涯学習  Life Shift 100年ライフの人生戦略

リンダ・グラットンとアンドリュー・スコットの共著『LIFE SHIFT』を読みました。

先進国の平均寿命はいずれ100歳になるという仮説の下での人生戦略を考える必要性を述べていますが、主な趣旨は以下のとおりです。

(1)人生はより長く、健康になり、先進国では100年生きることが普通になる。

(2)年金も少なくなる中、従来の、教育→仕事→引退 という3ステージは、成り立たなくなり、70代、80代で働かなければならない可能性が大きくなる。十分な貯蓄がある場合も、若々しく社会に貢献しながら長く生きる必要がある。

(3)一方、労働市場に存在する職種は、これから数十年で大きく入れ替わる。また、求められるスキルや男女の役割も変わる。すなわち、スキル、知識、仲間、評判、健康、生活、友人関係、アイデンティティ、人的ネットワーク、オープンな姿勢が大事。

(4)従来の3ステージの他に、現状を再確認し選択肢について理解を深める「探検者のステージ」、独立した立場で生産的な活動に携わる「独立生産者のステージ」、異なる種類の活動を同時に行なう「ポートフォリオ・ワーカーのステージ」等も組み合わせた、マルチステージの人生が普通になる。




だいたいのサラリーマンの定年は、50代後半。すっきりと辞めて第二の人生を目指す場合、また嘱託で残るにしても数年後には契約も終了。いずれを選択しても残り40年。たっぷりと人生が残ります。

特に、均一化した組織の中で多くの時間を過ごしてきた男性にとって、「たっぷりと残った人生」を楽しく生きるための準備、心構えが必要になってきます。
どのような心構えが必要であり、そのためにどんな学びや体験が必要かを、
「男50代からの生涯学習 Life Shift 100年ライフの人生戦略」として、当NEWコーナーでは、発信してきたいと思います。

まずは、現在50歳台も終わりつつある私の経験から。

新卒で入社した企業を39歳のときに辞め、3人の会社設立の経験後、現在は、社員数人の会社を経営しています。ずーっと、一つの企業に勤めているよりは、ましと思いますが、それでも、会社の組織で生きていますので、その垢を落とすためのセミナーや勉強会に参加してきました。

男50代、まずは、異文化体験セミナーで、サラリーマンの垢を落としましょう~。

それらの体験記を、次回号から紹介します。以下、紹介予定の異文化体験セミナーです。

若者たちの思いと風を感じた「Greensの学校」  http://greenz.jp/

今・ココ、全機現、本来の面目の「経営禅研究会」 http://www.keiei-zen.com/

かつての研修所も今や廃墟「BE研修」 (ホームページ無し、検索すると怪しい情報有)

日本語がうまい外人講師。火渡りも体験「成功の7ステップセミナー」
http://www.jamesskinner.com/9step.php  等です。


また、合わせて、

定年に奥様と故郷にもどり夫婦で行政書士を行なうべく、資格取得に励む
「男50歳からの行政書士資格取得奮闘記(仮称)」と、
小学生の頃から好きだった邪馬台国と古代史を、本格的に研究と実地踏査を始めた
「男50歳からの古代史構想学(仮称)」
も、順次公開予定です。ご期待下さい。


大人の学び☆ニュース 編集長 佐々木偉彰
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