2018年10月 アーカイブ


セカンドアカデミー公開講座「Japanリベラルアーツ入門~神話と芸能~」

2018年9月5日、セカンドアカデミー(株)と丸善雄松堂(株)が主催する公開講座 「Japanリベラルアーツ入門~神話と芸能~」を受講しました。講座の告知を知ったとき、「リベラルアーツ」と「神話」というふたつの言葉に惹かれて申し込みをしました。


「リベラルアーツ」は最近流行っている言葉で「教養」と訳されることが多いようですが、自己を様々な束縛から解放して生きるための力を身につける学問と理解しています。人類は科学技術の進展によって様々な利便性や快適性を手に入れる一方で、自然環境破壊、原発問題など新たな課題を生み出してきました。人類がこれらの現代的課題に立ち向かうためには、分野ごとに専門化された知識や技術を集めただけでは最適な解決につながるとは限りません。部分最適を寄せ集めても全体最適にはならないということです。人文科学、自然科学、社会科学など多方面にわたる分野を横串にした知識や考え方が必要となります。まさに今、リベラルアーツが求められる理由がここにあると思います。
そしてもうひとつの「神話」という言葉。古代史の勉強には古事記や日本書紀を読むことが欠かせないのですが、これまで古代史を独学で勉強してきた私は実は記紀神話に関する専門家の話を聴いたことがありません。この講座で専門家の話を聴いてみたいという思いと、リベラルアーツをタイトルに据える講座で語られる古事記は単なる解釈論ではなくて何か面白そうな話が聴けそうだとも思いました。


さて、講座は前半が麗澤大学の岩澤先生の「古事記から読み解く日本人の思考法」、後半が清泉女子大学などで講師をされている武藤先生の「歌舞伎の表現-音を見る・動きを聴く-」という2部構成でした。


第1部の岩澤先生のお話はユダヤ・キリスト教神話と古事記神話を比較することで、英語文化圏の人々と日本人の間に横たわる民族性の違いや思考法の違いを浮き彫りにして (日本人を単一民族と考えることの是非はともかくとして) 日本人とはどういう民族なのかを解き明かそうとするものでした。その解明プロセスが大変ロジカルでわかりやすく、まさに論理性や言語化を重視する英語文化圏で学ばれた先生ならではのわかりやすいお話でした。
 ユダヤ・キリスト神話の創世記において神は天地や人間、その他この世の全てを創造しました。翻って古事記神話の始まりをみると、「天地(あめつち)初めて發(ひら)けし時」と天地がどのようにできたのかは記されず、次いで「高天原に成りし神」として天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神の三神がどこからともなく出現します。そしてこの三神を皮切りに次々と神様が生まれ、その神々が日本の国土や山川草木などこの世の様々なものを生み出していきます。しかし人間は神様の子孫として描かれています。
このように両者を比べると、神話のスタート時点から大きな相違点を見出すことができます。創世記において神はこの世のすべてのものから超越したものとして初めから存在し、その神が天地を皮切りに人間を含むこの世の全てを造り出しました。この明快な神話に比べて古事記では、天地がどのように出来上がったのかがわからず、神様もいつのまにかそこに存在しています。この曖昧さはまさに日本人特有だと思いました。先生によるとユダヤ・キリストの神様は「創造の神」で、古事記神話の神は「生成の神」であるといいます。なるほど、「造る」と「生む」の違いか。





 次に第2部の武藤先生からは歌舞伎の楽しみ方を伝授いただきました。先生のお話を聴いてこれまで全く興味のなかった歌舞伎に初めて興味を持つことができました。武藤先生によると、歌舞伎の楽しみ方は黒御簾(くろみす)音楽に集約されている、話の筋や内容を知らなくても、演技に合わせて演奏される黒御簾音楽を聴くことが歌舞伎を楽しむコツだというのです。実際に舞台の映像を見ながら、黒御簾音楽を聴きながら解説してもらってその意味がよくわかりました。「音を見る・動きを聞く」というタイトルの意味も理解できました。そして、歌舞伎を観てみたいと思うようになりました。単なる食わず嫌いであった自分に気付いたことは大きな収穫でした。




 今回の講座は講座ひとつあたり50分、質疑応答も入れて全部で2時間でした。どちらの講座も興味深く、もう少し聴きたかったというのが正直なところです。


(文責:小嶋浩毅)

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