プライド
豊島新聞リレーエッセイ
「プライド」
佐藤 孔亮(江戸切絵図 川柳入門講座 担当)
社会人向けのいろいろな講座を担当し始めてもう十数年になる。川柳、都々逸、歌舞伎、落語、江戸を歩く野外講座、江戸切絵図など講座の種類も多種多様だが、教室に来られる生徒さんもさまざまな方がいた。
たくさんの生徒さんを見てきて、最近思うのは、男女で講座の辞め方が違うのではないか、ということだ。
現在カルチャーセンターでは圧倒的に女性が多い。私の場合も例外ではないが、講座によっては男女半々、ときには男性が多いこともある。
女性が講座を辞める場合、第一の理由は家族の病気である。「父が入院して」、「夫の介護が」、もう何度聴いたことだろう。もちろんご自分の病気のこともある。受講生の平均年齢は六十代半ばぐらいだろうか。家族に病人が出た場合、どうしても女性の負担が重くなるのも社会の縮図だろう。
しかしこういう方は数年後講座に復帰されるケースもある。辞めた時の理由が解消したからで、これも女性に多い。辞めるのも戻るのも、女性は明解である。
一方、男性はどうか。男性もご自分の病気というケースは多い。しかしそれ以上に気になったのは、黙って辞めていく、何とも言いようのない事情だ。
私が初めて講師になったのは四十代前半だった。講座に来る生徒さんは、男性なら定年退職後の六十代以降がほとんどで、中には大企業の役員とか、何百人の部下を持っていた方もいる。大手出版社の元社長という方までいた。
そういう方でも川柳入門教室に入ると初心者である。しかも講師は自分の部下より若いような私である。
口には出さないが「俺は○○の部長だった」というプライドは、教室では何の役にも立たない。こちらも丁重に接するが、私のような若造から「これは字余りです」「表現の仕方を考えましょう」と言われて傷ついたこともあったと思う。本人は面白いはずはないだろう。
ある時、教室が終わって封書を差し出した方がいた。見るとある大国の大使館の招待状だった。これに行きますので来月は休みます、と言う。その方は企業でなく団体の元職員だったが、川柳はけっしてお上手とは言えなかった。そしてそれっきり教室から姿を消した。
最後に、俺はこういう招待を受ける人間だぞ、と私に言いたかったのではないか、と後で推測する。とりわけ男性の生徒さんには気を遣ったが、プライドというそれは扱いが実に難しい。今も十分気をつけていることである。
(2014年02月19日)