豊島新聞リレーエッセイ 「詩のある場所」 川口晴美
詩のある場所
江古田に「中庭ノ空」という小さなカフェがある。
春には桜の咲く並木のある千川通りを歩いていくと、角にあたたかみの感じられる白い壁と水色の扉があらわれる。何だかそこだけ明るい日射しに照らされているみたいで、誰かを待って静かに微笑んでいるひとの佇まいに似ていて、立ち止まりたくなる。丸い金属のドアノブ、かすかに軋む古い扉。ていねいに塗り直されているその淡い青色は、店内に入ればあちこちに配置された青い色と響きあっているとわかる。雨の日でも青空の下にいるみたいだ。窓が大きく切り取られているので店内はこぢんまりしているのに閉塞感がまったくない。いらっしゃいませ、と控えめな声で迎え入れられる。
「中庭ノ空」をやっているのは五十嵐倫子さん。詩集を二冊出している詩人だ。以前は普通の会社員だった。詩を書き続けるうちに、漠然と抱いていた「カフェをやりたい」という夢と「どうすれば多くのひとに詩を届けられるのか」という思いが合わさって、「自分でポエトリーカフェを開く」ことを実現させてしまったのだ。店内の本棚にはたくさんの詩集が置いてある。おいしいコーヒーを飲みながら頁を開いてみてもいいし、借りたり買ったりもできる。こんなふうに現代詩に触れられる空間は他にない。……と書いていたら、またあの場所を訪れたくなった。誰かを誘ってランチに行こう。
川口 晴美
(詩人・淑徳大学公開講座「詩を書こう講座」担当)
→ 講師関連講座(2013年度春夏期)
「詩を書こう」
2013年5月31日(金)より開講
(2013年03月26日)