豊島新聞リレーエッセイ 「遭遇」 中本道代
遭 遇
家の近所を散歩していて、靴の紐を結びなおそうとしゃがんだ。目の前はコンクリートの塀で、塀の中は東京電力所有のグラウンドだ。テニスコートや野球場、プールなどがあったが、福島での原発事故のあと閉鎖され、その年の夏にはたちまち雑草が丈高く生い茂り、無惨な荒野になってしまっていた。
さて、しゃがんだ目の前に塀のすき間があり、塀の向こうを何かが走ってきて立ち止まり、目と目が合った。猫か、とおもったが猫より少し大きい。真っ黒な毛がつやつやと光り、四肢がすらりと伸びて、汚れのない丸い瞳でこちらをじっと見ている。とても美しい生きもの。狸か。狸はもっとずんぐりしていると思っていたけれど、まだ少年か少女なのだろうか。しばらく見つめ合った後で身をひるがえして消えた。
その後グラウンドは杉並区のものになり、公園になるとのことで整備され、荒野は消えた。そこを通るたびにまた会えないかと見てみるが、姿を見たことはない。東京の住宅街で昼日中、野性の狸と遭遇したのには驚いたが、何かとても心が明るくなった。あの狸が元気で生きているよう、いつも祈っている。
中本 道代
(詩人・淑徳大学公開講座「エッセイを書く」担当)
→ 講師関連講座(2013年度春夏期)
「エッセイを書く」
2013年5月14日(火)より開講
(2013年03月22日)