豊島新聞リレーエッセイ 「黄色いカラス」 永島直樹
黄色いカラス
新入学の季節がめぐってきた。桜舞う木の下を可愛い小学生が笑顔で走り回る……と、そんな風景を思ったのは何年ほど前までだったろうか。
歳を経たせいだろうか、近年になって思い出すことが多いのは……。あれは小学校に上がる直前、桜の花の芽がぷっくり膨らんでいた頃、突然、父親が出現したのだった。終戦直後、中共軍(八路軍)に連行されていた父親が、決死の脱走劇を経て帰国してきたのだ。わたしたち兄弟にとって、それはまさに「突然」の「出現」だった。母や親戚一同は、当然大喜びした。そして、兄とわたしに「お父さんだよ、お父さんと呼びなさい」と、当たり前のように言う。だが……兄弟にとって、その人は痩せて眼をギラギラさせている見知らぬ小父さんでしかない。「……お父さん」と呼ぶことはできない。深い溝が生まれていたのだった。
間もなく「お父さん」と呼ぶようになったが、溝は簡単に埋まらない。
数年後、家族で映画を観に行った。タイトルは「黄色いからす」……戦地から引き揚げてきた父親に小学生の息子は馴染めず、孤独感を深めた息子の描く絵は、黒い背景に黄色いからす……。息子の心情が手に取るように解った。同時に、子供と親しめない父親の気持ちも解ったような気がしたのだった。
そんなことを、この季節になると思い出すのである。胸にシクッとするものを覚えながら……。
永島 直樹
(演出家・淑徳大学公開講座「朗読講座」担当)
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(2013年02月26日)