豊島新聞リレーエッセイ 「ウランバートルで二重の虹を見る」 江田浩司
ウランバートルで二重の虹を見る
2008年の8月にモンゴルへの旅をしました。ウランバートルに到着した雨上がりの夕暮れには、美しい二重の虹が私を迎えてくれました。この時期の雨はモンゴルでは珍しいらしく、雨を連れてくる旅人は歓迎されるとガイドの女性には喜ばれました。市街にゆったりと足を降ろした虹は、日本で見るものに較べてとても大きく見えましたが、それは異境の地で見る虹に心を奪われたせいかも知れません。私は虹を見ながらこの旅がすばらしいものになることを確信致しました。
そのときに見た虹のことを日本に帰ってから、次のような短歌と俳句に詠みました。
二重の虹に迎へられたる異境かな
希望とは斯(か)くなるものか黄昏(たそがれ)に鹽(しほ)きらめけり虹にそふ虹
虹は二重に垂れてさながら涅槃(ねはん)の図
黄昏の空は劫(ごふ)初(しよ)の華(はな)かかぐ涅槃のときを告げる傷(いた)みに
ゴビ砂漠のゲルに泊まり、砂漠に寝ころがりながらぼんやりと星を眺めていたことが忘れられません。天の河の間をときどき人工衛星が点滅しながら横切ってゆきます。時間を忘れて夜空を眺めていると、砂漠の土や風と一体になり、まるで闇の中に溶け出してゆくようでした。山の端(は)には暈(かさ)のかかった月がのぞいていました。このときの情景を詠んだ短歌と俳句があります。
牛、馬、羊、山羊も集ひて月の暈
火の銀河(ぎんが) 水の銀河は尾を垂れて牛、馬、羊、山羊も集へり
ゴビの月 闇にうぶ毛を逆立てり
硝子(がらす)のごとき胸もつ闇よ幽(いう)陰(いん)の極みにゴビの月を懐(いだ)けり
月光に撲(う)たれ闇から生(あ)れしもの
闇に紡ぐ未生(みしやう)のものら月光に撲たれて生れむ銀河の渓(たに)に
蒼々とゴビの砂漠に月の井戸
砂漠の夜明けが美しく壮大だったことも思い出されます。
私の場合は旅をしながらその場で作品を作ることはあまりありません。心を打たれた情景の方から、再び私を訪ねてくれるのを待っていることの方が多いようです。
江田 浩司
(歌人・淑徳大学公開講座「岡井隆の作品から学ぶ楽しい短歌入門」担当)
→ 講師関連講座(2013年度春夏期)
「岡井隆の作品から学ぶ楽しい短歌入門」
2013年4月6日(土)・開講
(2013年02月14日)