豊島新聞リレーエッセイ 「『おもいでや』とまち歩き」 小林一郎
「おもいでや」とまち歩き
かつて、一世を風靡した噺家がいました。東の古今亭志ん朝、西の桂枝雀――といわれた枝雀。その枝雀の落語のなかで「おもいでや」という落とし噺があります。舞台は古道具屋。主人公は女主人。その古道具屋に男が訪れ、あれこれ品物を吟味する、という筋立てなのですが、話の本筋は女主人が〈モノ〉を売っているのではなく、〈想い出〉を売っている、というところ。なので、大した想い出が込められていない机は市場価格から見ても突拍子もなく安く、逆に想い出がいっぱい詰まった耳かきは20万円、なんぞと法外な値段が付きます。外見はただの耳かきですが、その耳かきには……。その主人、「これらの品物は、品物・モノを通して想い出が蘇る、その切っ掛けとなるもの」という。
私たちの住むまちには、神社仏閣のみならず、まだまだ江戸商家の出桁造りや江戸の町割りが残り往時を忍ぶことができます。そこでは泣いたり笑ったり――人の数だけドラマが生まれ、そして消えていったことでしょう。それらの想いが重なり、小さな歴史となって現代まで息づいています。
まちを歩き、さまざまなモノを通して失いかけているものを見つめなおす。それが私たちのまち歩きです。
小林 一郎
(建築評論家、淑徳大学公開講座「江戸を訪ねる東京のんびり散歩」担当)
→ 講師関連講座(2012年度冬期)
「名建築と街並み探訪 ―A.レーモンド・聖路加病院と築地居留地建築― 東京をキャンパスにしよう。」
2013年2月23日(土)・開講
(2012年11月02日)