南極は地球のお尻? 古賀弥生
どんな仕事にも武器があるもので、翻訳者の最大の武器は辞書だ。いくら原語に堪能なバイリンガルの訳者でも、まったく辞書に頼らないということはないだろう。
ところがこの武器、非常に強い味方なのに、まったく役に立たないときもある。いや、むしろ役に立たないほうが多いかもしれない。文章のなかでその言葉がどう使われているかによって、辞書に載っている訳語だけでは足りないことがよくあるのだ。
たとえば最近は、mandrill’s south poleという表現に出くわした。「south pole」はもちろん「南極」。どの辞書にも、地球の、天の、もしくは磁石の南極(S極)としか書いてない。じゃあ、マンドリルの南極って、なあに? それは、前後関係から判断できた。あるものが「マンドリルの南極」のように真っ赤、というのだ。そうか、南極は地球のお尻なんだ!
こんなふうに、翻訳という作業にはクロスワード・パズルを解くような楽しさがある。辞書になくても、どんぴしゃの言葉が見つかったときの快感ったらない。パズルで遊びながら仕事をしているなどと言ったら顰蹙を買いそうだけど、この楽しさがあるから翻訳はやめられない。
古賀弥生(翻訳者・淑徳大学公開講座「はじめての『文芸翻訳』」担当)
(2011年10月11日)