アイドル 長瀬 瑠以子
外出先から帰宅すると、我が家の前にはお馴染みの光景が繰り広げられていた。学校帰りの子供たちが、道端にランドセルを放り出して、わいわい言っている。その中心にいるのがラルゴで、九歳の雄猫だ。骨太の堂々とした体格で、明るい茶の地に黒の縞模様がくっきりとしたトラ猫である。まるで人間の言葉がわかるかのように、絶妙なタイミングで返事をして、みんなを笑わせている。「ほらほら、道草はダメよ。早く帰りなさい」と私にせきたてられて、「じゃあな、ラルゴ」と子供たちはしぶしぶ帰っていった。
この辺りに住んでいる人は、みんなラルゴを知っている。なにしろ愛想がいい。遠くから「ラルゴー」と誰かが呼ぶと「ニャー」と大きな声で鳴きながら駆けてくる。そして甘えた声で擦り寄っていき、足元にごろんと寝転がる。普段私にろくに挨拶もしない気難しいおじいさんや、部活帰りの疲れた高校生だって、ラルゴには笑顔で話しかけている。みんなのアイドルなのだ。
夕食後、膝の上で喉を鳴らしているラルゴの、艶々とした毛並みをゆっくり撫でながら、私はアイドルを独占出来る優越感に浸った。
(2011年07月01日)