四十一まで大振袖の女あり 平野 佳美
電車の隣の席の女性は素足で膝が見えるスカートをはいていた。携帯ではなく本を読んでいたので珍しいなと思い、よく見ると、赤く染めた髪を胸までたらしている流行の髪型だ。高校生だろうと思いこんで顔を見たら、どう考えても四十代だ。見間違いかと何度も見直ししたが、見れば見るほど老けた顔だった。『西鶴諸国ばなし』の序文に出てくる「女」を思い出した。
西鶴諸国ばなし 序文 井原西鶴
広い世間を回って噺の種をさがしました。和歌山県の山奥にはお湯の中で泳いでいる魚がいましたよ。福岡県ではふたりで担がなければ持てないほど大きな蕪を見ました。大分県の竹はそのままで手桶になるほどふとかった。
福井県には二百歳以上の体の白い尼が住んでいましたし、滋賀県の堅田には身長が二メートル二十センチの大女もいました。
兵庫県には三メートル六十センチもある干した鮭を祀った社がありましたし、北海道では百八十メートルの昆布も見ました。
千葉県の鳴戸には竜宮城の乙姫様の持っていたかけ硯がありました。石川県の白山にはエンマ王の巾着があったし、長野県の木曾街道の寝覚めの床では浦島太郎の持っていた火打ち箱を見ましたし、鎌倉には源頼朝の小遣帖がありました。
京都の嵯峨には四十一歳で大振袖を着ている女がいますからねえ。さてさて、考えてみると一番の化物は人間です。この世にはなんでもありますね。
口語訳 平野佳美
四十一歳で大振袖を着る女を西鶴は化物だと言っているけれど、現代では四十一歳の女が高校生のような髪型と服装をしていても化物とは言わないだろう。
今はなんでも有りの時代だと言う。何を着ようと個人の自由だ。年齢、性別などでそれらしい服装をしなくてもいいような風潮ではあるが、冬期オリンピックで今風の若者の着こなしをしてバッシングされた選手がいたし、就活をしている若者は誰も彼もが黒のスーツだ。自由そうに見えて実は江戸時代同様に、しばりが強いのかもしれない。
私が変な感じがするのは、被災地を視察する政治家の服装だ。作業服を着て記者会見をしているのを観ると、スコップ一つ持つこともないだろうに、空気読み過ぎ、合わせ過ぎ、ワザとらしくて、偽善的と思う。が、スーツにネクタイで記者会見をしたら、この非常時にナンダ、と怒る人もいるのだろう。
その反対が、サッカーの監督の服装だ。競技場でのスーツ姿には違和感を覚える。観客だってスーツは着ていない。監督と選手は立場が違う、職種が違う、身分が違う、という意味なのだろうか。
サッカーのテレビ放送にはうんざりする。どこのチャンネルもサッカーだ。観たくもないのに目に入ってしまう。スポーツは嫌いだ。愛国心を無理やり盛り上げているような雰囲気は薄気味わるい。
サッカー疫マスコミ界に蔓延し 堺市 豊田昭光
朝日川柳・西木空人選で右の句を見つけて大喜びをした。私と同じように感じている人がいるんだ。
ところで「四十一まで大振袖の女」にはウラの意味がある。「としをとっても娘の姿をして客を引く女」の隠語なのだ。
現在の年齢の七割が、人生五十年の江戸時代の年齢だそうだ。六掛ける七は四十二だから、四十一歳は現代の六十歳前後、アラ還だ。売春婦がアラ還だったら………。化物かな???
西鶴は有りそうもないものを並べ立てて、無さそうで有るものをひょいと挿入して、全部が有るもののように書く。もしかしたら二百歳以上の尼さんも、居たかもしれないと読者に思わせてしまう。
(2011年07月05日)