初めてできるようになるということ 講師 中本 道代
初めて泳げるようになった時のことを、ぼんやりと覚えている。山に囲まれた田舎の川で、夏休み、いつものように集落の子供たちみなで泳いでいた。八歳くらいだったのだろうか。それまでは浮き輪をつけていたけれど、その時は浮き輪なしで、浅いところで遊んでいた。腰を上げ、顔をつけると体が浮く。両手を突き出してそのまま足をばたばたさせると前に進んだ。ほら、泳げたよ、と言ったような気がする。ものすごいことが起こったというわけでもなく、何だかとても自然に、そうだ、こうやって泳ぐんだ、と体の中に組み込まれていたものが現れ出たような感じだった。同じ年頃の子供たちもみな同じころに泳げるようになった気がする。メダカがいっせいに孵化したようなものだっただろうか。
蝶は、蛹から蝶の形になっても、すぐには飛べないのではないだろうか。羽をパタパタ動かしているところを見たことがある。そうしているうち、ふわっと飛び上がる時が来る。その時はどんな気持ちだろう。
何かが初めてできるようになる、ということは生きているうちには何度も味わうことがあると思う。その喜びはとても不思議で、ひそやかなものではないだろうか。その瞬間を魂に刻みつけて、人も動物も生きているのだと思う。
(2011年06月16日)