「「飛鳥山十二景」の風景」 岡本勝人
「飛鳥山十二景」を歌った漢詩がある。
作者林信充(のぶみつ)は、江戸時代の安政年間を生きた林羅山のひ孫だ。
滝野川夕照、筑波茂陰(もいん)、秩父遠景、梶原村田家(でんか)、王子深樹、平塚落雁、鵠台(こうのだい)秋月、染井夜雨、黒髪山残雪、豊島川帰帆、中里晩鐘、西原晴嵐と、漢詩や絵とともに「十二景」をならべてみよう。
鵠台とは、千葉の国府台のことである。黒髪山は、日光の男体山だ。西方の秩父の峰は、特定する山はないが、筑波山を含めると、肉眼で見えるものと見えないものまではいっている。選ばれているのは、江戸の近郊飛鳥山に近いトポスである。
滝野川は、飛鳥山と王子権現の間の谷を流れている。石神井川のなかで、唯一滝があったので、滝野川という地名となった。別名音無川ともいわれる。隅田川に注ぐこの川も、上流へとさかのぼると、石神井川となり、板橋、練馬の農地を迂回して、富士見池となる。さらに池の上流へとたどると、小平市御幸町を水源とする窪地となる。都電荒川線の停留所名には、現在も「梶原」の地名がある。上中里駅前には、平塚神社があり、豊島川は、「豊島橋」の架かる隅田川の地域的呼称だ。
「飛鳥山十二景」は、中国北宗に成立した瀟湘八景、琵琶湖のほとりの近江八景、神奈川県の金沢八景とくらべると、いまでもそれほど知られてはいない。それでも、多くの画家の画題となった江戸からの風景の地名である。
岡本勝人(淑徳大学エクステンションセンター)
(2011年02月09日)