「銀座の時計塔と映画」 坂尻昌平
数十年も前に撮られた映画を見る楽しみの一つは、現在の風景と過去の風景を照合して、変わったところと変わらぬところを発見することにある。
とりわけ、東京が舞台となる映画を見るとき、かつて存在した風景の多くが跡形もなく消失していることに愕然とする一方、ほとんど変わらぬものを見つけて安堵したりもする。
その代表が、銀座四丁目の交差点角地に聳える和光の時計塔であろう。明治二七(一八九四)年に服部時計店の初代時計塔として、同地に登場したこの建物は、厳めしくはあるがさほど高くない洋館であったが、関東大震災後の昭和七(一九三二)年までには、大きく改築され、現在の格調高い偉容を見せることになる。
戦前の映画にも戦後の映画にも銀座の象徴として、気品ある佇まいを誇るこの塔の魅力は、昭和三十年代に人々の夢を託され、高度経済成長期の記念碑でもあった東京タワーの栄光と没落とは対照的である。
現在、墨田区押上に建設中の「東京スカイツリー」は、東京タワーを軽く乗り越え、世界一の鉄塔となるべく、新たな夢を託されている。
そんな喧噪とは無縁に、「モボ・モガ」が闊歩していた時代の風情を変わらず湛える銀座の時計塔は、今もほどよい高さから街の移ろいを優雅に見守っている。
坂尻昌平(映画評論家・淑徳大学公開講座「映画論」担当)
(2011年01月21日)