リレー東京歳時記
歳時記と人々の記憶
吉田章宏(東京大学名誉教授・淑徳大学教授)
歳時記は記憶を保存する。(A)「三月十日」という日付を見て、何を思うだろうか。(B)「十二月八日」は?(C)「八月十五日」は? と、ここまで来て、「ハ、ハーン」と思う日本人は少なくなった。そう、(B)(1941年)は、「真珠湾奇襲」の日、当時の言葉で「大詔奉戴日」。(C)(1945年)は、「終戦記念日」。毎年、これらの日を深い思いで迎える人々は、既に「後期高齢者」か。(A)(1945年)は、一夜で10万人が死んだと言われる東京大空襲の日。降り注ぐ無数の焼夷弾で炎上する東京下町の巨大な炎が、夜空の厚い雲を赤く染めたあの光景を、生々しく思い出すのは、当時東京近辺在住の方々に相違ない。あの東京空襲を計画した元米国国務長官マクナマラは、60年余を経て、映画「フォグ・オブ・ウォー」で、申訳なかったと男泣きして詫びた。戦争は精神的外傷を遺す。
敗戦を境に、日本は軍国日本から平和日本に変貌する。当時、今日の日本社会を誰が想像できたろう。ただ願う。あの戦争の内外の犠牲者に対して恥じることのない生き方をしたい、と。
人々はそれぞれに、日々、記憶に深く刻まれた日を迎えているに違いない、と改めて思う。
(2010年02月22日)