淑徳大学講座――新聞エッセイ
東京の初雪
川口晴美(詩人・淑徳大学公開講座「詩を書く」講師)
非常勤講師をつとめている大学で、授業のあと何人かの女子学生と教室で雑談していた。就活しているけれど面接に落ちてばかりで疲れちゃいましたとか、お正月休みに徹夜で小説を書いてライトノベルの賞に応募したんです一次予選通ればいいなとか、囀るように生命感をあふれさせる彼女たちの声に応えている途中で、「あ、雪!」と一人が指さしたと思ったら三人が羽ばたくように窓際へ走っていき、それまでの会話とは何の脈絡もなくはしゃいだ声で笑った。
朝から冷え込んでいたその日、お昼過ぎになって東京にも初雪が降ったのだ。曇り空から落ちてくる白片はたぶんすぐ雨になるだろうとぼんやり見ていたら、先生はご出身どちらですか、と窓へ走らなかった一人にたずねられた。福井県小浜市なのと答えると、わたし福島ですとその子は微笑んで、ゆっくり窓の向こうの空を見上げた。
生まれ育つ間に何度も経験すれば、それはめずらしいものではなくなる。でも、雪も雨も日の光も、本当は奇跡のように存在しているのだ。生きている限り何度でもそれを思い出さなければ。初めて世界に触れたみたいに窓ガラスに顔を寄せて熱心に雪を眺める女の子たちの背中を見つめながら、そう願った。
(2010年02月16日)