リレー“歳時記”
緩やかな時間
牛山ゆう子(歌人・淑徳大学公開講座「短歌」講師)
昼の空に仄かな月が浮かんでいる。落葉した街路樹の、繊く無数に伸びている梢の上の青空。バスが来るのを待ちながら、心が少しふわりと月に寄る。
今年は元旦から穏やかに晴れて、陽光にも予祝が添っているような、明るい平和な良い年になってほしいという願いが、穏やかな光に宥められているような、険しい世情の思われる年頭だった。一日一日が過ぎるのは何と早いことかと、毎年のように思うけれど、正月の華やぎも瞬く間に過ぎ、七草の頃にはまた気忙しい日常になっている。鏡開きや小正月と、春を迎える喜びは、日常の中にもっと緩やかな時間を求めているのかもしれない。
山ふかみ春とも知らぬ松の戸にたえだえかかる雪の玉水 式子内親王
岩間とぢし氷も今朝はとけそめて苔の下水みちもとむらむ 西 行
遥か昔の春。ゆったりと過ぎて行く時間の中に、雪解けの雫や水音が、何と生き生きと響いていることだろう。古典は乾いて拉げそうな感情をも優しく潤してくれる。
のんびりと夫とさしで飲む酒にたぐふ菜なり白き豆腐は 馬場あき子
本当に豆腐が好きとも思はねど豆腐には夕べの母のこゑあり
『太鼓の空間』より。もっとも多忙な方のおひとりである馬場あき子氏。ほのぼのとした温もりと、抒情の豊かさが思われる。
(2010年02月15日)