七月の歳時記―七夕の恋―
國學院大學講師・万葉研究家 城﨑陽子
七月の歳時記といえば「七夕」である。
彦星と織女の恋物語を語りつつ夜空を見上げる秋の行事は、『万葉集』の時代にさかのぼる。立秋を過ぎ、七夕の日が近づくにつれ、愛しい人に逢える喜びを「立ちて居てたどきを知らに(立ったり座ったりして、どうしていいかわからない)」(『万葉集』巻10・2092)と表現する。そして、いよいよその日になると、「天の川梶の音聞こゆ(天の川で梶の音がしている)」(同・巻10・2029)といい、「梶の音」で彦星が天の川を舟で渡って織女に逢う様を想像させるのである。
七夕の宵に宴を催し、詩や歌を詠むことは、万葉びとにとって最高の雅であり、「七夕の恋」はかっこうの歌材であった。こうした文芸の営みが、『文選』といった漢詩文の影響によることはあらためていうまでもない。
ところで、漢詩文において絢爛たる乗り物で鵲(かささぎ)の橋を渡るのは織女であるが、万葉びとはこれを男の訪れを狂おしく待つ女として表現したのである。日本風のアレンジがいかなる理由によるかは定かでないが、「待つ女」の姿に万葉びとが心惹かれたことはまちがいない。ちなみに、短冊に願いを記す風習は、織女に学芸の上達を願った乞巧奠(きっこうでん)の行事に由来する。
何百年にも渡る雅の行事が今に伝えられているのである。
(2009年02月16日)