中国大陸でみた月
國學院大學講師・万葉研究家 城﨑陽子
仲秋の名月は中国・貴州省の黎平で眺めることとなった。
少数民族の共同調査終了を祝って杯を傾けた後、月餅とともに仲秋節の食物として欠かせない「酒そう」という酒粕でつくった白玉入りの粥を食べた。甘い香りと、白玉のツルリとした食感がなんとも言えない味わいを醸し出していた。
夜も更けたころ、円かな月を見上げながら、調査団の中国側代表であるT先生が故事を引きつつ別れの挨拶を述べられた。「幾千里離れていようとも、同じ月を眺めていれば、私とあなたの心は一つです…。」
「あまの原ふりさけ見れば春日なる三笠の山にいでし月かも」、千数百年の時を遡ったこの大陸で、同じように月を眺めながら遙か故国へ思いを馳せたのは阿倍仲麻呂である。『古今和歌集』羇旅歌冒頭に納められているこの歌はあまりにも有名だ。留学生として唐に渡り、一度は帰ることを諦めてしまった仲麻呂に、唐土に派遣されてきた遣唐使達と帰国するというチャンスが再びめぐってきた。この一首はその餞別の宴で詠われたものと伝えられている。故郷で見た月を思い起こしつつ、その一方で、「同じ月を眺めていれば…」という思いが仲麻呂の心にもよぎることがあったのだろうか。
(2008年12月22日)