豊島新聞リレーエッセイ「東京歳時記」
蝉の声
歌人 秋山佐和子
この春移転した淑徳大学サテライトキャンパスは、池袋駅から二分の近さだが、通りに大きな樹木が立ち並び、いつも清々しい気持ちになる。夏には蝉も来て鳴くだろうか。蝉の歌、というとまず思い出すのは、
ひぐらしの一つが鳴けば二つ鳴き山みな声となりて明けゆく 四賀光子
の歌だ。
早朝、「カナカナカナ」と高く涼しげな声でひぐらしの一匹が鳴き始めると、二匹目が鳴き、やがて一つの山が蝉の声で満ち満ちて、夜が明けていく、というスケールの大きな歌。
次ぎは静かで美しいひぐらしの歌。
木をかへてまた鳴きいでしひぐらしのひとつの声の澄み徹るなり 岡野弘彦
さっきまで鳴いていたひぐらしの声が止んだと思うまもなく、また他の木に移って鳴き始める。澄み切ったその声は、作者に何を告げようとしているのだろうか。
我は聞き君は聞かざる今日の蝉かばかりのことぞ生死(しやうじ)といふは 後藤直二
生者と死者のあわいを蝉の声に託して、深く解き明かすこの歌は、出会った時から忘れ難い。
蝉の声に、心と耳を傾ける時の大切さを、おのずと語る三首である。
(2008年12月09日)