豊島新聞リレーエッセイ「東京歳時記」
宮崎駿監督の「崖の上のポニョ」
星野英樹(淑徳大学国際コミュニケーション学部教授)
今年一番の話題作ということもあって、メディアの茫洋たる荒海を泳ぐこのふ
しぎな金魚を観察に、水族館に出かける気分で映画館を訪れた。心のおりはみご
とに洗い流された。
宮崎駿監督の「崖の上のポニョ」。特定の場面ははっきり記憶しているのにタ
イトルだけがなかなか思い出せない映画があるが、この作品にかぎっては、「ポ
ニョ」として、すぐに口をついて出てくることなるだろう。キキ、ジジ、ポル
コ、そしておなじみトトロなど、単純な母音を重ねた名前は発音しやすいし、親
しみを感じる。
冒頭から炸裂する中間色のパレットに幻惑されながら、元気に疾走するポニョ
の姿を追っていると、ときおり、手に汗握る瞬間が訪れる。ポニョが猛烈な睡魔
に襲われ、少女からもとの魚へ戻ってしまいそうになる場面だ。水に住む異世界
の生き物である魚は、その形状からしてもつかみにくい性質をそなえているが、
そのとらえどころのなさは、永遠なるものを求めながら、ついに果たせない人間
の希求を表しているかのようだ。
人魚が人と魚の合成からなるように、ポ、ニョも破裂音と拗音の奇妙な組み合
わせで人面魚のすがたを巧みに言い得ている。思わず口ずさみたくなる。とはい
え、いちばん感動するのは、ポニョと少年がぎゅっと抱き合うシーン。人間に
とってもっとも原初的な存在の確認法にあらためて感服した作品である。
(2008年11月26日)