エッセイを書く(11)
思い込みと微動する感情
長谷川 恵美子さん
海外出張中の主人の代わりに打ち合わせをする為に、某アート雑誌の編集部に行くことになった。主人の仕事はカメラマンで、私はヘアメイクとして一緒に撮影をすることもあるが、彼の仕事のみの打ち合わせに来るのは初めてのことだった。私で事足りるだろうかと少々不安ながら、主人の写真をまとめた資料を持って、編集部に向かった。
担当編集者に依頼ページの説明を受け、その後雑談をして無事に打ち合わせが終わった。雑談の中での編集者の話が興味深く、とても心に残った。
「ある種の思い込みの強さを固守し続けるパワーって、若い頃ありましたよね」
「そうですね。なにも考えずにがむしゃらに突き進むエネルギー」
「そう、ただの青さとでも言うのかな、今思うとね。だけどその青さってね、なんだか小手先だけ器用になっているという風な今、とても大切なことだと思うんですよ」
「確かに、大人になって、昔に比べるとそうかもしれません」
「そうだね、だけどそのパワーが作品を生み出すし、人を圧倒する。他人が何を言おうがそのエネルギーさえあれば、何を撮ろうが、全部その人の写真になる。その思い込みが大事なんです」
「なるほど」
「ある一片を突出させた作品は、解りやすい。だけど、一見平坦に見える作品の中でも、よーく見れば微かな揺れ動きが見えだすものもあります。それは本当に難しい。旦那さんの写真にはそういったものを感じます」
「確かに、この骨の写真も、抜け殻という意味を強調したければもっと無機質に撮るはずなのに、自然光で柔らかく、骨に生命を感じさせているような気がします」
「そうそう、それが彼の意図する所だということですね。命があったものとしてストーリーを感じて、撮っている。そして、彼の感情の起伏が、他人には解らないまでに微動しているということなのかもしれない。写真には撮る者の感情が写り込むんですよ。だから面白い」
彼の写真はとても柔らかな雰囲気で優しい。普段から感情の起伏が少ない、穏やかな人柄が読み取れる。
写真を撮り続ける情熱を内包して、温かなまなざしで世界を見る彼。彼の写真を近くでしっかり見ていこうと思う。決して解りやすくない彼の感情を、きちんと読み取れるように。
(2008年08月06日)