エッセイを書く(10)
古い一軒家
長谷川 恵美子さん
新しいマンションより、使い古された、人の温度を感じる日本家屋が好きだと思う。新婚の二人が住むには少し落ち着きすぎなのかもしれないけれど、私たち二人で決めた新しい人生のスタートは、古い一軒家を自分たちの手で修復することから始まった。一軒家といっても、一階の一部屋はコインランドリーになっていて、私たちの使える部屋は四畳半二間の一階と、四畳半と八畳の和室の二階。こぢんまりとした作りであるが、職人によってきちんと作られた欄間と、備え付けの大きな棚、広めに取られた床の間があり、風情が感じられる。
ペンキや漆喰の道具を買い込み、廊下や台所は白いペンキで統一し、和室の畳には、防カビのシートの上に一枚ずつオイルステンを塗った板を二人ではめ込んだ。とても大変だったけれど、楽しい作業だった。その上に西洋のアンティークの家具を置き、チェコ製のシャンデリアを吊るす。花を買う余裕がない時は、床の間に果物を工夫して飾ると、とてもお洒落な飾りになり、部屋が明るくなる。熟すと朝のフルーツとして食べられるので一石二鳥である。
すきま風は埋めれば良しと、あまり気にしていない。寒い時は厚着をして、ストーブの近くで仲良くテレビを見れば良い。一番の問題はシャワーの出が悪いことだけれど、節水だと思えば良いと思うようにしている。小さな冷蔵庫は、買い込み過ぎが防げる為、食べ物を捨てたことがない。
私の母親は、私たちがどうしてそんな暮らしをするのか不思議だと言う。
「もうちょっと良い所に住んだら? 不便でしょ?」
「確かに不便だけど、今はまだ自分たちで工夫することを大事にしたいと思って」
「でも水回りだけでも新しいのに取り替えたら?」
「まだまだ使えるから大丈夫だよ。まだ使える物を捨ててしまうのは勿体ないと思う」
新しい暮らしは、古い一軒家を含めリサイクル品ばかりだけれど、身の丈に合った楽しい暮らしだと思っている。物を大切にする気持ちがあれば、謙虚な気持ちが生まれ、背伸びをしない生き方をしたいと思うようになるのかもしれない。古き良き時代の家屋に住めることの幸せを満喫していたい。
いつか、取り壊される日まで。
(2008年08月05日)