エッセイを書く(6)
麻布十番商店街
川原吹 香さん
「活気がある商店街のある町に住みたい」
今から四年前、結婚を機に二人で住む家を探す際も私はこう思っていた。郊外型の大規模なスーパーや、エスカレーターを使って上がったり下がったりする駅ビルやデパ地下よりも、私は狭い道路に賑やかに展開されている商店街が大好き。
夕方になれば歩きづらい程の人々で溢れ、「いらっしゃい、いらっしゃい」と店舗から呼びかける声や、売り切るための割引やおまけの声などで雑然とする感じがたまらない。垢抜けていないところもいい。そんな活気と人臭さが好きで、独身時代も私は商店街のある町を選んで住んでいた。
新居を見つけるにあたっては、自営業の主人の仕事柄いくつもの条件があり、その上さらに、活気がある商店街のある町という条件を加えるのは実際難しかったが、麻布十番なら条件が揃う。もちろん、麻布十番商店街には活気がある事も知っていた。
麻布十番商店街のイメージのひとつに、東京のど真ん中に位置しているにも関わらず「昔懐かしい雰囲気を残す商店街」というのが挙げられると思う。そのイメージを支えているのが「老舗」と呼ばれる店たち。明治時代からある鯛焼き屋、江戸時代からの製法で豆の味を追求している「豆源」。「麻布十番御当地Tシャツ」を置く洋品店、今時は町ですっかりその姿を見ない玩具店も、麻布十番商店街ではど真ん中に存在している。他にも魚屋や八百屋、やきとん屋におでん屋、煎餅屋、洋食屋、寝具店、甘味処、はんこ屋、銭湯や温泉まである。そんな店たちがいくつも並び元気に存在するところはやはり昔懐かしい。
しかし、「昔懐かしい」という言葉とは対照的に、「おしゃれ」で「インターナショナル」な一面もある。
本場薪窯を置くイタリアンレストランや、パリの街角にありそうなフレンチレストラン、スタイリッシュな内装のニューヨークダイニング、隠れ家バーやオープンカフェなど、入れ替わりも早いが、雰囲気良くこだわりもあるような外食店が次々とオープンしていく。また、流行のヨガスタジオ、リラクゼーションやエステを提供する店、イタリア輸入品のブティック、私が着る服よりも高い犬専用のブティックなど、テレビや雑誌をにぎわす新しいタイプの店が立ち並ぶ。
西麻布や元麻布、六本木へ徒歩ですぐに出られるロケーションと、周辺に大使館が多く存在する事が、この商店街をインターナショナルにしているのかもしれない。外国人の暮らしやすい町になっているらしく、その割合は高い。商店街の中にある網代公園には、金髪の子供が遊ぶ姿も珍しくはない。
そして、「昔懐かし」く、「おしゃれ」で、「インターナショナル」でと、いくつもの顔を兼ね揃えているところはいろいろなタイプの観光客を呼ぶ事ができ、いまや「昔懐かしさ」さえも観光地化しているようだ。
鯛焼きの「浪花屋」にはいつも行列が出来ていて、鯛焼き一つ買うにも一時間、二時間待つのは当たり前な程の人気店。「豆源」にも観光客が店の外まで溢れていることがある。浪花屋、豆源、やきとん屋、おでん屋など、老舗といわれている店は次々と店をきれいに建て直したり、商店街内に二号店をオープンしているほどの繁盛ぶりだ。
麻布十番商店街が「観光地」と一番実感できるのが夏の「納涼祭り」。全国から来るお客さんで、広い商店街はどの道もまるで朝のラッシュ電車の中のような状態になる。私の周りの友人たちに聞くと、大抵一度は納涼祭りに訪れたことがあると答える。
しかし、私が麻布十番商店街を好きでいられるのは、観光客を呼ぶことが出来るいくつもの魅力的な顔を持ちながらも、しっかりと住人の生活を支える実用店が多く存在していることだと思う。
我が家の近くにある薬局には、来る日も来る日も店の前に立ち、町の様子を眺めている店主がいる。暇なのかな? 人恋しいのかな? もしかして少しぼけちゃってるのかな? などと勝手に想像していた。その薬局で初めて買い物をした時、私が買いたかった物がなかったので、代わりになる物を色々探し、何とか役に立ってくれようとしている気持ちが伝わり、非常に嬉しかった。つい先日その店主が、店の前を通る美人で若い白人の女性と照れた様子で会話をしていた。また、別の日には、インド人らしき子供達が通りの向こうから店主に手を振っている姿に微笑んでいた。「老舗」で「インターナショナル」で、実にこの商店街らしい店主だったんだな、と納得させられたものだ。
金物屋の「川口商店」へ木材の丸棒を探しに行ったら、欲しい長さよりずっと長いものが置いてあった。店のおじさんが出てきて「好きな長さに切ってあげるよ」と言ってくれたのでお願いしたところ、おじさんは観光客もたくさん歩いている店の前の道路で、電動ではなく手動ののこぎりを使い、私の欲しい長さにしてくれた。「観光地」と「老舗」と「実用」が融合しているようで、なんだか楽しい気持ちになった。
決して大きい店ではないが、店長が選りすぐり認めたものだけを置く「スーパーナニワヤ」は、スーパーであっても一味違う。時に現地まで出向いて本当に気に入ったものだけを店に並べ、絶対の自信が持てる牛肉には「うぬぼれ世界一」や「ナニワヤ一番」のラベルが付く。長年、従業員が作っているというここのお惣菜は、手作りの素朴さと、デパ地下顔負けのプロセンスが融合した絶品であり、店長とそのお母さんはそれを毎日の食事とする事で、品質を厳しくチェックしている。そんな話も決して嫌味なく、しかし長々と熱心に話してくれる。私は、「この店長は決して消費者を裏切らない」と思えてありがたかった。
今ではすっかり、麻布十番商店街は私にとって生活の潤いとなっている。もっと知りたい、もう少し関わりたい。たかが商店街、されど商店街。出会えてよかった。住んでみて良かった。出来るだけお店の人に話しかけたりしながら、何てことない商店街生活を十分に楽しみたい。
(2008年07月30日)



