小説創作講座(3)
幸せな人
宮地由香子さん
人事異動に伴う席替えで、私の一番苦手な人が目の前に座ることになった。
自信満々、さもヤリ手のようにふるまう態度が鼻につく。たまに視線が合うと、思わせぶりな目配せを送ってくる。
たまらず、私は、机の前に衝立を作った。
数日後――
その衝立の向こうから声が聞こえてきた。
「おい、こんな仕切り、前から、あったっけ?」
それに、あいつが小声で答えている。
「向こうの彼女さ、俺と目が合うと、胸がときめいちゃって仕事になんないらし
いんだ。社内に、そういう感情を持ち込まれちゃ、こっちが迷惑するんだが」
まったく……幸せな人。
(月刊〈遊歩人〉二00六年十二月号掲載)
フェイスメーク
武藤多恵さん
今朝も仲良し姉妹が鏡に向かい、にぎやかにメーキャップを始めた。
「姉さん見て、今日の鼻はどう?」
「うーん、少し高すぎやしない?」
「そうかなぁ」
姉に反対されて、妹は鏡台横の棚から低めの鼻を選び、付け替えた。
「そっちの方が似合うじゃない」
「ありがとう姉さん。今日は、ねずみ男さんとデートなの」
「あら、楽しそうね」
「毎日、顔のパーツを取り替えられるって、本当に便利。人間は可哀想よね、気
に入らなかったら整形するしかないんですもの。お金はかかるし、しょっちゅう
手術するわけにもいかないし……よし、できた」
「じゃ、お出かけしましょ」
お気に入りの顔に仕上げると、のっぺらぼうの姉妹は元気良く家を飛び出した。
(月刊〈遊歩人〉二00八年二月号掲載)
(2008年07月18日)