小説創作講座(2)
深夜エクスプレス
佐藤智玲(さとう・ちあき)さん
深夜高速バスは、ほぼ満席。ゆっくり眠りたかった私は、最後部に席をとった。
発車してしばらく後、最前列の客がマイクを握り、「中川次郎の弟です」と自
己紹介して、隣の客にマイクを渡した。
「又従兄弟にあたります」
「あたしは兄の嫁です」
「会社の上司です」
……乗客が、次々、中川次郎との関係を述べていく。
いったい、なんなの? もしかして、伝言ゲームの一種?
「僕は大学時代の友人です」
前席の男が名乗って、マイクを回してきた。乗客の視線が私に集まる。
「え……えっと、娘です」
その場しのぎの台詞を口にした途端、誰かが叫んだ。
「嘘だ! 中川次郎に娘はいないッ」
高速道路上を快走していたバスが、急ブレーキをかけた。
(月刊〈遊歩人〉二00六年十二月号掲載)
ワル
鈴村 泉さん
俺はワル。女を喰い物にする男。電車のシートに、ただ座っているだけで絵に
なるイケメン。
そんな俺の横に、今日も女が寄ってきた。フッ……俺も罪な男だぜ。
ん? なんだ、オバサンか。しかも、でかい尻。
クールな俺が狭い座席に押し込められちゃあ、格好がつかない。
俺は勢いよく立ち上がった。
そこへ、杖をついたジイサンがやってきて、「ご親切に。すまないねぇ」と空
いた席に座った。
「あら、あの人、見た目と違って優しいのね」
「さりげない態度も立派だわ」
そんな囁き声が聞こえてくる。
ち、違う! 俺はワルだ。他人に親切なんか、絶対しないんだ。
背中に浴びせられる温かな視線にいたたまれず、俺は電車を降りた。目的の駅は、まだ先なのに。
(東京新聞サンデー版二00七年二月四日掲載)
(2008年07月17日)