エッセイを書く(1)
東京歳時記
一番美しい月
中本道代(詩人)
エイプリル、メイ、ジューン、と皆で声を揃えて言った。中学に入ってすぐの英語の授業。そして、六月は一番美しい季節なので、六月に結婚する花嫁のことを特別にジューンブライドと言う、と教わった。
でも六月って雨ばっかり。おもしろくも美しくもないのになあ。外国では梅雨なんかないのかな、とまだ半分子供の中学一年生は思った。
六月がいいな、と本当に思うようになったのは、おとなになってずっとたってからだ。六月は夏が生まれたばかりだ。蒸し暑い東京の夏も、六月ならまだ耐え難いほどではない。夜の暗くなるのが一番遅いのもうれしい。着始めたばかりの夏服を着て、夕方の、なかなか暮れない街を歩くとき、何も楽しいことが今あるわけではなくても、子供のころからの夏の楽しさがよみがえってきて、ジューンという言葉を習ったころのように、世界中の六月を美しいもののように想像する。
雨が続くと憂鬱だけれど、雨が上がって陽が射して来るときの、きらきらと輝く水蒸気に満ちた大気は、何よりもすばらしく思われる。やっぱり、六月は一番美しい月だろうか。
(豊島新聞平成十九年六月二十日号掲載)
(2008年07月23日)