小説創作講座(1)
嘘三百日記
川又千秋(SF作家)
一月二十日――
新しい携帯を買った。
あれこれ設定しながら、ちょっと悪戯したくなって、日付の自動補正を解除し、来年の年号を入力してみた。
しばらくすると、メールが着信した。
開いてみると、まるで覚えのない女からで、ただ一言「あたし産むわよ」と書
いてあった。
二月六日――
慌てて信号を渡ったら、自分が誰か忘れてしまった。
こりゃあ、困ったぞ。
どうしようもないので、くるりと回れ右し、もう一度、信号が青になるのを待って、横断歩道を反対に渡り直した。
そうしたら……やった! 思った通り、自分が誰か、すぐに思い出せたわ。
そうよね。だって、あたしは、あたしですもの。
三月三日――
昼下がりの漆黒の空に、上弦の地球が浮かんでいる。
ああ、もうじき、日本の夜明けだ。そろそろ帰らないと、目覚めに間に合わない。
わたしは、大きなクレイタアの縁を、ぴょん、ぴょん、ぴょん……と兎のよう
に飛び跳ねながら、ロケットまで引き返し、エアロックをくぐって、宇宙服を脱
いだ。
アリューシャンあたりに渦巻く低気圧の雲海が、朝日を反射して、きらきら
きはじめていた。
(2008年07月16日)