詩を書く(1)
春のラッシュ
川口晴美(詩人)
会社勤めをしていた頃、春になると朝の通勤電車での人の流れがぎこちなく滞りがちになることに気がついた。寒い季節の着膨れラッシュは終わったはずなのにどうしてかなと考えて、そうか四月なんだと思い当たる。新入生ラッシュなのだ。学校へ通う人が増えるというのではない(卒業した人もいるのだから)、東京の朝の電車に慣れていない人が増えるのである。
私自身もそうだった。地方の高校生は満員の電車になんか乗ったことがない。これ以上はもう一人も乗れなさそうに見えるぎゅうぎゅう詰めの電車へ、どの角度で足を踏み入れたらいいか、自分の足元も見えない車内でどのように身をおけばいいか、受験勉強では教わらなかった。先を急ぐ人であふれた駅の階段で、ホームで、まごついて人の流れを妨げてしまったことは何度もあったと思う。
桜が散り、半袖姿を見かけるようになり、やがて新入生たちは大学生活に慣れ、東京の朝にも慣れてゆく。自分の内と外の新しい流れに乗って行くのだ。ラッシュがスムーズになる頃、電車は冷房を効かせて次の季節へ走り始める。
(豊島新聞平成十九年四月四日号掲載)
(2008年07月10日)