短歌の実作と秀歌鑑賞(1)
歌人、三ヶ島葭子(みかじまよしこ)と巣鴨の春の空
秋山佐和子(歌人・現代歌人協会理事)
豊島区にゆかりのある歌人、としてまず思い出すのは近代の女性歌人三ヶ島葭子である。若い日に与謝野晶子に師事した葭子は、「スバル」や「青鞜」「早稲田文学」「アララギ」等に短歌や小説を発表する自立した女性だった。生来病弱であり、結婚後の貧困や家庭不和の中で、短歌を唯一の支えとした葭子だが、四0歳の若さで一人娘を遺して亡くなった。その短い生涯で幸せだったのは、大正三年暮れから大正六年冬までを暮らした巣鴨向原時代ではなかろうか。
いそいそと門の内掃く一人の囚徒ありけり鎖なかりき
「青鞜」大正四・八
文学青年の夫の友人で後の洋画家中川一政青年に紹介され、葭子は巣鴨監獄正門裏の二間の家に住んだ。囚人の姿を垣間見ることもあったろう。この家で葭子は愛娘「みなみ」を出産した。お産には中川青年の母親が付き添い、祝いの餅もついてくれたという。
子の顔のふたつに見ゆる産屋よりふとあふぎたる春の青空
「創造」大正四・四
わが子ともまだおぼえねどしをれたる花のここちにいたはりて抱く
「同」
今は、サンシャインビルの立つ辺り。一人子を得た若い母は、うす青い空を仰ぎながら、子の成長をつつましく歌に託した。
(豊島新聞平成十九年四月十一日号掲載)
(2008年07月02日)