2017年06月 アーカイブ


男50歳からの古代史構想学(10) 熊野はややこしい

古代史構想学もいよいよ第10回目。こんにちは、古代史勉強家の大和健です。
今回より実地踏査の舞台を奈良の葛城から和歌山の熊野に移したいと思いますが、ここで奈良の纒向を一緒に回った清田さんと佐々木さんに再び登場していただきます。
 
昨年2016年の2月、記紀の神武東征説話と徐福伝説を訪ねて、私たち三人は私の自宅がある大阪の富田林を出発地として一泊二日の熊野ツアーに出かけました。
熊野へは国道168号線で奈良県十津川村を縦断するルートです。
余談になりますが、途中、清田さんがどうしてもと主張されたので、古代史とは関係ないのだけど、日本一高い吊橋である「谷瀬の吊橋」に立ち寄りました。
ここで意外な事実が発覚。佐々木さんが吊橋を渡らないとおっしゃるのです。
理由をたずねると、なんと高所恐怖症とのこと。
長いお付き合いなのに初めて知る事実。やむなく二人で渡ることにしました。
とは言うものの、私はここには毎年キャンプで来ていて何度も渡った経験があったので、実は清田さん一人の為であったと言っても過言ではありません。
来年には田舎の高松に戻られる清田さんにとってはいい思い出になったことでしょう。
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 (谷瀬の吊橋)
 
車は山の中をひたすら走り続け、熊野本宮大社へ到着。
ここでまず、熊野あるいは熊野三山についておさらいをしておきましょう。
熊野の地名が日本の歴史に最初に登場するのは720年に完成した日本書紀です。
その神代紀に「イザナミが死んだときに熊野の有馬村に葬られた」と記されています。
平安時代に浄土教が盛んになると、熊野の地は浄土とみなされて歴代の上皇が御幸(ぎょこう)しました。
その信仰は民間にも広がり「蟻の熊野詣」と称されるほどに各地からこぞって熊野へ参詣する人で賑わいました。
その参詣のための道が現代によみがえり、熊野古道ともてはやされているのです。 
熊野にある「熊野本宮大社」「熊野速玉大社」「熊野那智大社」の3つの神社をあわせて熊野三山といいます。
熊野は特に平安時代の神仏習合における仏教的な要素が強く残っているために「山」という表現が使われ、さらに熊野の神様も熊野権現と言ったほうが通りがいいようです。
 

ここは全国に三千社ある熊野神社の総本社で、祭神は家津美御子大神(けつみみこのおおかみ)であり、この神様はスサノオノミコトのことであるとされています。
なぜ家津美御子大神がスサノオノミコトのことなのか、私はよくわかっておりません。
実は出雲にも熊野大社があって、こちらもスサノオノミコトが祭神になっています。
出雲にスサノオノミコトを祀る神社があるのは当たり前と思えるのですが、紀伊の熊野にあるのは理解が難しい。
出雲の熊野大社の社伝によると、熊野村の住人が紀伊国に移住したときに分霊を勧請したのが熊野本宮大社の元である、となっているとのこと。
熊野本宮大社は全国熊野神社の総本社であると主張し、もう一方の出雲側はその総本社は出雲の熊野大社から勧請されたと主張する。
どちらも由緒ある大社だけに「本家はこっちだ」と主張しているように聞こえませんか。
おそらく、出雲から熊野に勧請されたのでしょう。
そう考えると紀伊の熊野にスサノオノミコトが祭られる理由が理解できます。
 
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(熊野本宮大社 本殿)
   
しかし、この熊野本宮大社では主祭神よりも有名なのが日本サッカー協会のシンボルにもなっている三本足の八咫烏です。
記紀の神武東征に登場し、熊野から大和まで神武一行を導いた「導きの神鳥」とされています。
この八咫烏は賀茂氏(鴨氏)の祖先と言われていますが、これについてはまた機会があれば触れたいと思います。
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 (本殿鳥居横に立つ八咫烏のノボリ)
  
本宮大社は現在の本殿から約500メートルのところ、もともと新宮川の中州だったところに元の本殿がありました。
明治22年の大水害で何から何まで流された結果、現在のところに再建されました。
流された跡地は大斎原(おおゆのはら)と呼ばれ、摂社や末社が祀られています。
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(大斎原への参道。神々しい)
 
現在の本殿も厳かな空気に包まれた素晴らしい雰囲気があるのですが、この大斎原も神々しくて有難く感じるところです。
熊野を訪れた際にはぜひお参りしてください。
 
 
この熊野本宮大社では、神武天皇の一行は東征の際に本当にこの熊野までやってきたのか、本当に険しい山中を大和までどのようにして辿りつくことができたのか、という疑問がわいてきました。
紀伊半島の海岸沿いに難波から熊野へ回ってきたこと、八咫烏の導きで熊野から大和へ行軍したことを感じ取りたかったのが、逆の気持ちになってしまい頭が少し混乱しました。
 
次は新宮川を河口近くまで下ったところにある熊野速玉大社ですが、ここはさらによくわからないところでした。
また次回。
 
 
大和 健(やまとたける)
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ブログ:古代日本国成立の物語
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清田(きよた)日記 男50歳からの資格取得 第11回 ~行政書士になるために~

2016年1月末の行政書士試験合格発表当日のことは、たぶん一生忘れないと思います。
自己採点で、合格している自信はあったものの、合格発表当日の午前9時からの一般財団法人行政書士試験研究センターが掲示する合格番号に自分の番号があってはじめて合格です。
Webの発表画面を慎重にチェックしました。
自分の受験番号を発見した時の嬉しさといったら、ここが会社事務所でなければ、大声で「やったー!!!」と叫んでいたことでしょう。
最後の1年間の努力が報われた一瞬でした。
正直、会社から帰宅した後の毎日の勉強は、土日の公開模試受験に比べて単調で、ともすれば無理やり机に向った日も多かっただけに、最後までやり遂げた実感とともに満足感となって、私の身体の中を駆け巡りました。
本当に嬉しかったことを今でも思い出します。


ここまで苦労して取得した資格です。大切に活用しなくてはいけません。
そう思って、行政書士の業務を充分に調べてみたところ、試験に合格するための勉強内容と実際の業務とのあまりの違いに驚いてしまいました。
少なくとも資格を持っているだけでは、お客様の獲得は絶対に出来ないと断言できます。
これまた「どうしよう...。」状態に落ち込んでしまいました。


とはいえ、ここで立ち止まるわけにはいけません。
何としても実務スキルを獲得する必要があります。最初は、各業務の専門書を買ってきて読んで覚えることも考えましたが、第3回の日記にも書いたとおり、行政書士業務は幅が広く、専門書に基づく独学ではあまりに効率が悪いと判断しました。
余談ですが、開業前の行政書士の方が勉強する方法として、昔は専門書を購入して独学するしかなく、100万円も勉強につぎ込まれた方が、ザラにおられたそうです。
(とあるネット情報ですが、真偽の程は定かではありません。)


そこで思い出したのが、公開模試受験に資格取得学校に通っていた時の行政書士開業塾の存在でした。独学が好きな私ですが、ここは学生に戻って、真摯な態度で、教えを乞うことにしました。
ちなみに私が通学受講した開業塾は、辰巳法律研究所とリーダーズ総合研究所が共催している「リーダーズ式 行政書士開業塾」で、2016年3月~7月の毎週日曜日の午後、高田馬場まで通学しました。
目的を一にした幅広い年齢層の皆様と一緒に勉強した5ヶ月間は、費用はかかりましたが、なかなかに刺激的な体験で大変役に立つものでした。
教えてもらった行政書士の基本業務ですが、遺言・相続実務、入管実務、建設業許可実務、宅建業免許実務、法人設立実務、資金調達実務となります。
どの講座も実際の業務に基づく話でしたので、真剣に聴講しました。この受講で学んだ業務に関しては、全体感は持つことが出来ましたが、これで即、開業できるわけではありません。
やはり一つ一つの業務が持つポイントを熟知するための更なる学習は必要です。とはいえ、やみくもに勉強することを考えれば、通学受講は遥かに効率的な方法であると思います。


講義の中には、実務ではないのですが行政書士の経営・営業戦略やマーケティング戦略、更にWebマーケティング戦略までありました。
こうした講義を通して、開業したらどの業務を自分の強みにしていくべきかを考えることとなります。とはいえ、なかなか方向が定まらないのも事実で、今日現在においても悩むことが多々あります。
また講義を通して、成功した行政書士の皆様とお話する機会も多かったのですが、皆様の共通項を自分の勝手な思い込みかも知れませんが、発見しました。それは、専門としている業務の違いはあるものの、成功している先生は、全員「段取りが良い」ということです。
当たり前のことですが、約束の納期は厳守。お客様から依頼された仕事は、トップスピードで段取りよく処理されていました。こうした前向き姿勢の延長線上にお客様の信頼を勝ち取られてきたのだということが、良く理解できました。
行政書士事務所は、基本自分一人だけの個人事務所です。
要領の悪い、無駄な時間の使い方をしている先生が成功することは、まず無いと思い知りました。そうした成功された行政書士の皆様の姿勢に触れることができたことも、実際に通学した大きなメリットでした。


そして、全ての講義を受講した後に個別面談がありました。
この面談は、将来自分が開業したら積極的にやりたいと思っている業務について、相談に乗ってくれるといった内容だったのですが、多くのアドバスや刺激を頂戴する形となりました。
そのあたりは次回に。


(つづく)


清田 一人(きよた かずと)
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2017年セカンドアカデミー交流セミナー@大阪

 6月23日(金)に、セカンドアカデミー交流セミナー@大阪を、大阪産業大学梅田オフィスにて開催しました。宇都宮大学の佐々木英和先生のファシリテートにより、公開講座の企画をグループ毎に行なうことで、アクティブラーニングを体験するとともに、生涯学習における大学公開講座の役割を再認識しました。


以下、講座の様子です。佐々木先生、受講の皆さま、お疲れ様でした。


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翌日は、有志の数名で、アベハルカアスビル、新世界、飛田新地と、大阪ディープスポットを実施踏査しました。こちらもお疲れ様でした。

男50歳からの古代史構想学(9) 神話は事実から生まれる

古代史構想学の第九回目は葛城踏査レポートの二回目になります。
こんにちは、古代史勉強家の大和健です。

葛城の鴨三社を見た後に向かったのが、高天彦神社(たかまひこじんじゃ)です。
高鴨神社を出て葛城山麓バイパスを少しだけ走ったあと、さらに急な坂を金剛山の中腹まで登ります。
途中、徒歩による参道が車道から分岐していました。歩いて参拝する人もいるのでしょうか。
 
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車で登りきったところに神社があります。
駐車場から本殿までの参道は並木道になっていて何ともいえない有難い雰囲気に満ちています。
上の写真にある参道を登ってくると、この並木道につながっています。
  
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社務所がなく、今は高鴨神社によって管理されているらしいのですが、境内は綺麗に整備されていました。
この神社の祭神は高皇産霊神(たかみむすびのかみ)であり、天地の初めに天上世界の高天原(たかまがはら)に現れた神様のひとりです。
社名の高天彦は高皇産霊神の別名とも言われています。 
金剛山の中腹、奈良盆地を見下ろす場所に鎮座し、近くには高天原跡地と伝えられるところもあって、いかにもそれらしい雰囲気。
記紀神話をもとに作り出されたテーマパークとも言えそうですが、単純にそうとも言い切れない。
その昔、天孫族からつながる有力者がこの葛城一帯を支配した事実があるからこそ生まれた神話であり、この神社なのだろうと思うのです。
 
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いま風に言えばパワースポットということになるのでしょうが、そんな安っぽい言葉では語れない雰囲気が漂ういいところです。ぜひ訪ねてみてください。
 
このあとは葛城一言主神社
祭神は一言主大神で、地元では「いちごんさん」と呼んで親しまれています。 
 
一言主大神は第21代雄略天皇が葛城山で狩をした時に天皇と同じ姿をして現れたといいます。
前回に紹介した「事代主神(ことしろぬしのかみ)」は「言代主神」とも言われています。
古代には「事」と「言」の区別がなかったためです。
「言代主神」と「一言主神」、よく似ていると思いませんか。
そうなんです、この二人の神様は同一神と言われているのです。
 
事代主神は鴨族の祖先神で、その鴨族(鴨氏)の有力者が枝分かれして葛城氏になった。
鴨氏は鴨都波神社に祖先神を祀り、葛城氏はこの一言主神社に祖先神を祀っている。
私はそんなふうに考えています。
 
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葛城氏の祖先神である一言主神が天皇と同じ姿で共に狩をするという話は、葛城氏が天皇と同じくらいの勢力を誇っていたという事実を反映していると言われています。 
  
第三回で紹介した宮崎ツアーの話で仲間のひとりである清田さんが言った「高千穂は神話のテーマパーク」というのがずっと心に引っかかっていたのですが、全てを神話の後にできたテーマパークで片付けるのはやはり違うな、ということを改めて感じました。
何らかの事実があるからこそ後世に伝えられて伝承となり、神話になる。
とすれば、その事実があった場所もまた実際に存在する。
 
葛城では鴨三社、高天彦神社、葛城一言主神社の5つの神社以外に孝昭天皇陵、孝安天皇陵、葛城襲津彦の墓と言われる室宮山古墳を訪ねましたが、また別の機会に紹介することにします。
 
 
大和 健(やまとたける)
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清田(きよた)日記 男50歳からの資格取得 第10回 ~資格取得への道 その7~

さて今回は、アウトプット編です。
アウトプットというと難しいように聞こえますが、要はインプット編で吸収した知識を活用して練習問題を解いたり、公開模擬試験を受けたりする「知識に基づく行動」です。
とはいえ、この行動次第で成果が変わってきますので、非常に重要な事柄です。
今回も前回同様に、項目数字とともに活用した内容は具体的な固有名詞で記していきたいと思います。


1. Web「行政書士試験合格道場」の有料会員登録
長い間失礼なことに無料会員として過去問題だけを閲覧していましたが、2014年度試験後の自己採点で不合格と判断してから最初に行動を起したのが、Web「行政書士試験合格道場」の有料会員登録でした。
このサイトの有料会員になったところ、練習問題を含めると3,000問を超える良問や動画解説に触れることが出来ました。
試験までに練習問題を最低3周はやろうと毎日勉強しました。
そして、練習問題の中には200問を超える記述問題があるのですが、毎日の勉強の最後は必ず記述問題の模範解答を30分はノートに書き写す日々を送りました。
別に合格道場の回し者ではありませんが、全ての問題に対して丁寧な解説が付いていることが、独学者にとっては大変助かる次第で、こんなことなら最初から有料会員として登録しておけば良かったと思いました。また動画解説は、長い間誤って覚えていた事柄を正してくれたことも多く、独学者の弱点をカバーしてくれたように思います。


2. 記述補強用問題集の履修
300点満点の60点との配点を持つ記述問題は、行政書士試験の重要な対策項目であることは明白です。人によっては、条文や判例をしっかり勉強すれば書けるという方もおられますが、少なくとも私には無理でした。
Web「行政書士試験合格道場」での記述練習問題も履修しましたが、それだけではどうしても不安で、補強教材を購入しました。
私が購入した教材は、早稲田経営出版「合格革命行政書士40字記述式・多肢選択式問題集」でしたが、この教材の特長は、過去問題を分析し、当年度に出題されるだろうと予想して毎年の問題集を作成している点です。
また初めて説明しますが、行政書士試験には多肢選択式問題という課題が3問出されます。
配点は、1問8点の3問合計24点とこれまた結構な配点で、有名判例に基づき、20の語彙(ごい)選択肢の中から、正しいものを選択して文章を完成させる問題になっています。
1問につき4箇所の穴埋めがあり、20の選択肢から4つの言葉を選んで文章を完成させます。この多肢選択式問題にもこの問題集は威力を発揮してくれました。
また、試験前に読むテキストや問題集を、その都度変える人もいますが、私は、過去2年間の失敗をふまえて、公開模試を含めて毎回この問題集を試験直前に読んでいました。
そうすることによって、ルーティン効果というのでしょうか、気分が落ち着きました。


3. 資格取得学校の行政書士公開模試を徹底受験
過去2年間の反省をふまえて、いろんなパターンの試験問題に触れることが重要であると思ったことは既に記してきた通りですが、その仕上げとして可能な限りの公開模試を受けると決めました。
そして、更に自分にプレッシャーをかけるために、友人に行政書士資格にチャレンジしていることを明かし、模試の結果も見せることにしました。
この決断は、自分を追い込むためにも正解だったと思います。
各校の公開模試は、8月~10月の毎週土・日にあります。各校ともに自校のプライドをかけて予想問題を出題します。そうした意味で、この公開模試受験は効果的で、毎週受けた模試の間違った問題を通勤時間を活用して復習しましたが、実際の本番試験でもよく似た問題が多数出題され、大変助かりました。
ということで、多くの学校の公開模試を徹底して受けるというのも、費用は少々かかりますが、合格のためにかなり有効な手段であると思います。
それと、これだけ試験を受けると、なんと最後には最低30分は時間が余るようになり、本番でも落ち着いて見直し確認が出来るようになりました。
ちなみに私が模試を受けた資格取得学校とは、TAC、LEC東京リーガルマインド、伊藤塾、辰巳法律研究所、U-CANです。各校8月~10月に最低2回の公開模試があります。


4. 一般知識問題の対策を実行
一般知識問題は、第4回の日記にも書きましたように、政治、経済、社会、情報通信、個人情報保護、文章理解の範囲から14問出題があり、そのうち最低6問の正解がないと足切りになります。
出題の幅があまりに広く、どうしていいのか正直わからないのも事実です。


対策としては、個人情報保護は、個人情報保護法や行政個人情報保護法をしっかり理解するとともに、情報通信に関しては、総務省HPにあるIT用語辞典で用語の意味を覚えることは当然に、時事問題がよく出ますので、新聞をしっかり読むことも必要です。
そして最近は、公文書管理法からの出題も多いので、確認しておくとよいと思います。
毎年、結構な人数が足切りになっていますので、前述したWeb「行政書士試験合格道場」の練習問題や公開模擬試験を通して、一般知識問題に慣れておくことも有効であると思います。
また文章理解の正解率は、問題を解けば解くほど向上しますので、得点源にできれば安定感(安心感)が増します。文章問題は、例年の出題傾向や出題数の数(3問出題)も変わりませんので、得意科目にすれば、足切り回避の大きな切り札になります。
ちなみに合格した2015年11月の受験における私の一般知識問題の正解数ですが、14問中12問でした。
これは、過去2年間と比較しても自分としては驚異的な正解率で、最後の1年間にとった行動は、間違っていなかったように感じています。


以上、インプット編、アウトプット編と書いてきましたが、独学で行政書士資格取得を目指す方々に、少しでも参考になれば幸いです。


(つづく)


清田 一人(きよた かずと)
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清田(きよた)日記 ~男50歳からの資格取得 第9回 ~資格取得への道 その6~

今回と次回日記において、私の独学方法を述べていきますが、その方法は大きく分類して2つに分けることができます。
一つは知識等を吸収するインプット。もう一つは吸収した知識等を活用して、問題集を解いたり、公開模試を受験したりするアウトプットです。
合格してみて分かるのですが、この二つをバランスよく行うことが非常に重要だと思います。
そして、その二つの方法を実践する土台が、毎日最低でも2時間は勉強する行為となります。


今回は、インプットに関して、詳細をみていきたいと思います。
(分かりやすく説明するために、ここからは項目数字を使用させて戴くとともに、活用した教材等も参考になることを期待して、全て具体的な固有名詞で表記します。)


1.憲法および法律条文の読み込み
条文等の読み込みには六法が必要ですが、法律の改正も視野に入れると、受験する年の最新の六法を購入することが望ましいと思います。
私は、値段が手頃ということもあり、2015年度版の「有斐閣社のポケット六法」を購入しました。
条文の読み込みは、憲法・行政手続法・行政不服審査法・行政事件訴訟法・地方自治法・個人情報保護法・行政個人情報保護法・民法と実施しました。
民法は、条文が1000条を超えますが、それでも3周は読み込みました。
憲法や他の法律は、民法ほど条文数がありませんので、たぶん最低でも5周は読み込んでいたと思います。
通勤時間もスマホで、毎日読んでいました。
条文を読み込むうちに、条文に基づく試験問題がいかに多いかが分かってきます。
特に2014年11月に受験した際に、民法の問題のように「見たこともない問題」と感じるようなことが、条文を理解することで極端に少なくなります。
また、テキストを読んでわかったように思っていた知識が、いかに記憶に定着していない知識だったのかを思い知らされます。
テキストは要点を追求するため、知識吸収には効率が良いと思いますが、全体感を持って法律を理解するためには、条文の読み込みが有効であると思います。
なお、試験には国家公務員法などの行政組織法、国家賠償法、情報公開法、会社法、商法なども出題されますので、私は条文の充分な読み込みはしませんでしたが、次回記しますアウトプット編の練習問題などを通して、しっかり履修しておくことが必要です。
ちなみに、あくまで私感ですが、私が条文を充分に読まなかった法律は、試験で、ひっかけ問題の出題が少ない法律であると思っていました。
基本的な練習問題や過去問題を解いていれば、それなりの得点は獲得できると思います。
また、多くの皆さんが嫌がる商法や会社法も、基本的な決まりを把握できれば、同じようなパターンの問題が頻出しますので、他問題に比較して解答時間の短縮につながるため、得意科目にされるとよいと思います。


2.行政書士合格を目指す重要判例集の読み込み
行政書士試験の問題で、重要判例に基づく問題が相当数あることは、既に何度か書いてきましたが、判例ではどんな結論になっているかが特に重要です。
中には、ほとんど同じ状況なのに、原告が個人ではなく病院等の施設が原告の場合は、判決が異なることもあります。
そうした問題に正解を出すためには、判例を読み込んでおくことしか方法がありません。
私はTACという資格学校が出版している判例集を購入して学んだのですが、現在同じものはありませんでした。
判例も毎年増えますので、最新版の判例集がやはりお勧めです。
ちなみに、2017年度版として「TAC行政書士講座から2017年度行政書士判例集」という形で出版されていました。


インプットもアウトプットも最も重要なことは、時間のある限り反復学習をすることかと思います。
1回目の受験は、時間切れで全ての法令に触れることが出来ませんでしたが、2回目の失敗原因は、分かったような気になって、記憶がしっかり定着していなかったことに尽きるといっても過言ではありません。
体系付けて記憶する作業は、非常に手間がかかりますが、継続した努力は決して裏切りはしないと今は断言できます。
一般知識問題に関しては、アウトプット編の最後に詳しく述べたいと思いますので、ご期待下さい。


苦闘のアウトプット編は次回に。


(つづく)


清田 一人(きよた かずと)
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男50歳からの古代史構想学(8)古代史と神社

古代史構想学の第八回目。皆さん、こんにちは。古代史勉強家の大和健です。


今回は昨年の6月に奈良県の葛城一帯を訪ねたときのことを書きます。
ちなみに私の自宅は大阪の富田林市にあり、葛城地方とは金剛山地を挟んで向かい側になります。

訪ねたところは順に、孝昭天皇陵→鴨都波神社→葛木御歳神社→高鴨神社→高天彦神社→宮山古墳→葛城一言主神社→孝安天皇陵、です。
葛城は古代の大豪族である葛城氏の本拠地であり、鴨氏(賀茂氏)の出身地とも言われています。
しかし、ほぼ思いつきの踏査だったために事前の下調べをせず、スマホ片手に回ることになりました。


今回は鴨三社と呼ばれる鴨都波神社、葛木御歳神社、高鴨神社を紹介します。


最初に訪ねたのは下鴨社とも呼ばれる鴨都波神社です。
神社由緒によると、創建は崇神天皇のときで、祭神は積羽八重事代主命(つわやえことしろぬしのみこと)と下照姫命(したてるひめのみこと)となっています。
小さな神社ですが綺麗に整備されていました。
氏子さんたちの敬虔な気持ちの賜物だろうと感じました。
この神社の下には弥生時代の遺跡があり、裏手を走る国道24号線を挟んだ西側からは一辺が20メートルほどの方墳が発掘され、三角縁神獣鏡などの副葬品が出ました。
この墳墓の主は祭神である事代主命と関係がありそうです。
このことから、私は事代主命は鴨氏、葛城氏につながりる神様だと考えるようになりました。
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次に中鴨社と呼ばれる葛木御歳神社。
祭神は御歳神(みとしのかみ)といって、古事記ではスサノオ命の孫神とされ「お年玉」の語源になったとも言われている神様です。
裏手の御歳山をご神体とする小さな神社で、女性の宮司さんが神社の横でサロンカフェを営んでいます。
この日も地域の女性が集まって貸切で会合をしていました。
営利目的のカフェではなく、地域のコミュニティを守っていきたいという思いを感じました。
お参りしている時に体長が15センチほどの小さなヘビを見つけました。
神様が姿を見せてくれたのでしょうか、第五回で紹介した三輪山の大物主神の話を思い出しました。
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最後に高鴨神社。
御歳神社を出て国道24号線を少し南下したところを右折すると、道路は金剛山に向かって急な坂になります。
アクセルをグッと踏み込んで一気に登りました。
このあたりにも弥生時代の遺跡があり、神社由緒によると鴨族発祥の地となっています。
高鴨神社は京都の上賀茂神社や下鴨神社を含む全国の賀茂社の総本宮で、祭神は阿遅志貴高日子根命(あじすきたかひこねのみこと)、別命を迦毛之大御神(かものおおみかみ)といいます。
鴨族は弥生時代中期に山を降りて鴨都波神社や御歳神社あたりに住むようになったということです。
しかし、山を降りたとされるあたりから弥生時代前期の水田跡が検出されています。
時代が少しずれていることから私は、神社由緒とは違う考えを持つようになりました。
さらに、通説では出雲の神とされる事代主や阿遅志貴高日子根についても「実は葛城の神ではないか」という考えも持っています。
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記紀や風土記などを読んで、参考となる書籍を読んで、ネットでもいろいろ調べ、さらに現地を訪ねて地形や景色を確認し、肌で空気を感じることで自分なりの考えが形作られていきました。
これが古代史に取り組む醍醐味ではないでしょうか。
そしてこの葛城踏査で、古代史の探究に神社の考察が欠かせないことを認識することができました。



大和 健(やまとたける)
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ブログ:古代日本国成立の物語
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清田(きよた)日記 ~男50歳からの資格取得 第8回資格取得への道 その5~

行政書士資格3回目のチャレンジを決断し、2015年11月の試験を最後にしようと思った理由が、実はもう一つあります。
それは、行政不服審査法が大幅に改正されたことを受けて、2016年の試験では試験問題の内容が相当に変更されることが予想されていました。
行政書士の試験では、毎年の4月1日に施行されている法令をもって試験問題が出題されます。
2015年の試験では、改正前の行政不服審査法からの出題となるのですが、2016年の試験では施行後になるので、大幅に問題内容が変更されるわけです。
これは、最悪の場合の話ですが、旧法と新法を混同してしまう危険性が生じるということで、2回も不合格になっている私としては、何としても避けたいところでした。


最後のチャレンジと思って勉強していた2015年1月末に、驚くこと(自分としては情けないこと)がありました。
そうです。2014年11月に受験した試験結果が発表されました。
想定していた通りの不合格でしたが、なんと補正措置が発動されたのです。
第4回日記で記載した通り、合格基準は法令科目および一般知識科目ともに足切り点が設けられ、それをクリアした上で、300満点のうち180点を取らないといけないのですが、「合格基準については、問題の難易度を評価し、補正的措置を加えることがあります。」との規定に基づき、この年は166点を獲得すれば合格との措置になりました。
それであっても不合格との結果に変更はないものの、180点の合格点に遠くおよばなかったと思って勉強している身としては、なんともやるせない気持ちになったのも事実です。
そうなのです。あと2問正解していれば、補正措置合格していたのです。
とはいえ、不合格は不合格。
自分の実力の無さを恥じるしかありませんでした。
「悔しい限りです。」


「もう本当に徹底的にやるしかない!」
これは今振り返ってもそう断言できるのですが、ある意味人生の中で一番真剣に勉強しました。
私の場合、合格するための知識を自分自身がしっかり身に付けていないことに対する「怒り」が、最大のモチベーションだったように思います。
そうして、最後までやり遂げた時の感動は、自分にとってかけがえのない喜びとなりました。


察しの良い方は既にお気付きかも知れませんが、ありがたいことに私は、3回目のチャレンジである2015年11月の行政書士資格試験に合格しました。
これから記載する過去2年間と大きくやり方を変えた私の独学方法は、あくまで私という人間に適したものであり、決して全ての方にお勧めできるものではないのですが、独学されている方に少しでも参考になればと思い、書き記していきたいと思います。


まず最初に大きく3つのことを決めました。
1. 仕事から帰宅した後も、最低2時間は毎日勉強する。
2. 徹底して法律条文や判例を覚える。
3. 考えられる限りの問題を解く。


通勤時間にテキスト等を読んだりしていましたが、過去の反省から言えることとして、毎日真剣に勉強していない私は、記憶の定着といった部分に弱みがあると認めざるをえませんでした。
この課題を解決するには、毎日の反復学習が最も効果的であると判断しました。
毎日机に向って反復学習を繰り返すことによって、腹落ちしていない事柄を調べる時間ができて、やっと理由が分かって納得できたりしました。そうした行為の積み重ねで、表面的な知識ではなく、定着した知識になったように思います。
一定時間、毎日継続して勉強するといったことも合格のための大切なコンテンツであると考えます。


次に、前回試験の民法問題の反省から、見たこともない、知らない問題を極力なくすためにはどうしたらよいかを考えました。
その答えは、基本中の基本である法律条文や判例を覚えることにあるのではないかと思うに至りました。
どんな問題も突きつめれば、法律の条文や判例から出ており、法律条文や判例に答えがあるわけです。
真剣に条文を読むことで、曖昧だった知識を修正することも出来て、条文を読んで覚える行為は、正解であったと思っています。
2回目の受験の時にも、条文や判例を読んではいましたが、しっかり覚えていない知識は役に立たないとつくづく思い知らされました。


最後に、知っていることでも問い方を変えるだけで難易度が高くなることがあります。
そうです。2014年の試験では、そうした問題が多数ありました。
自己採点しながら、何箇所も自分の勘違いに情けない思いをしました。
この課題の克服には、考えられる全ての問題、いろんなパターンの問題を解くことしかないと考えました。
言い換えると、一つでも多くの問題に触れるということにしました。
また、間違った問題は、何故間違ったのか復習を通して真剣にその理由を考えるようにしてみました。


以上の3つの方針に基づいて、2015年11月の試験を目指したわけですが、その具体的な内容は、次回以降に。
(つづく)


清田 一人(きよた かずと)
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